無料ブログはココログ
2009年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

旅行・地域

2009年6月18日 (木)

こちらを見てください。(実験結果)

このブログを読んでくださってありがとうございます。
これからはhttp://xbbs.knacks.biz/irelandho をご覧ください。

1年前思い立って始めた「アイルランドの細道」は、同時に同じ内容を下2つのサイトに載せて
その使い勝手を確かめてきました。
 A   http://xbbs.knacks.biz/irelandho
  B   http://irelandho.cocolog-nifty.com/blog/  (今ご覧になっているもの)
ともに無料のものです。

両者ともそれなりに素晴らしく、国内で同時に更新するのは差して労力はかかりませんが、海外での更新は
1つに絞ることにします。

Aを選んだ理由は、①記事の一覧表がすぐに見ることができる。旅の備忘用に書いているのですからこれが大切です。②記事作成が容易だからです。③アクセス数:10900
問題は時々変な書き込みがあることです。

Bを選ばなかったのは①書き込みのためにクリックが3回多い②既存記事の一覧表を見るにもクリックが3回多い③アクセス数:4400  良い点は管理が細やかで、変な書き込みはありませんでした。

両者の比較は、もっと使い込んで見ると変るのかもしれません。上記は私の1年の実験の結果です。ご参考までに。

ココログさん、長期間ありがとうございました。

2009年6月14日 (日)

お守り

お不動さんは家内の守り本尊である。
そんな訳で目黒不動へは定期的に参拝してしている。
今日は、これからのことを考えても、参拝しなければならない日だったのだろう。
「お守り」を買って来てくれた。
アイルランド旅行中、どのように持っていこうか?
こんなことをしてくれ人は家内しかいなことは確かで、首にぶら下げて持って行き、
アイルランド人に見せて、言いたい。
「これば、聖パトリックのお守りと同じなんだ!
アイルランドの神々と仲良くして、私や家族や皆さんを守って欲しい!」と。
アイルランド人なら分ってくれると思う。

2009年6月10日 (水)

旅装ー雨具

出発までに2週間となった。旅装の中で最も重要な雨具を手に入れなくてはならない。
サックが青だから、青のレインウエアしようかと思って、新宿の好日山荘へ行った。
私のコンセプトは、山へ行くのではないから、町で着て、パブに着て行ってもおかしくないというものであった。
一般にゴアテックスが圧倒的人気と実績を誇っているのでこれを選ばないという法は無い。
しかし、ゴアテックスは高く、なかなか値が下がらない。ブランド物は高いので、結局好日山荘オリジナルを買うことにした。

青は地味で風景に溶け込んでしまうおそれがあるので、緑の反対色のオレンジと二つの候補を挙げて試着することにした。アテンドしてくれたのは色白の娘さん。私が山ではなく平地を歩くのだと言ったら、車に気つけてくださいね、といったので、言下に、選択が済んだ。トライバーへの警戒色、オレンジと決まった。
徒歩旅行の大ベテランのあるきすさんの忠告の中にも、車に気をつけなさいと注意があった。
これで決まり。命が惜しいわけではないが、交通事故に巻き込まれると家族が迷惑する。スタイルとかデザインとか言っておれない。統計によると、東京の降水量の較べて、アイルランドは雨が少ないのだが、人は皆アイルランドは雨が多いという。雨の中でもこのオレンジだときっとドライバーに注意してくれることだろう。

足元締めるスッパッは雨具のズボンが黒なので、黒っぽいものにした。
先日、15年以上前に使っていた、ロング・スパッツやショート・スパッツを取り出してみたら、ジッパーがおかしくなったりして、使いものにならず哀しい思いをしたところだ。月日の流れに気付かずに、ふと取り出してみると、それが朽ちたり、時代遅れになっていることを知るのは老いの悲哀である。

好日山荘の帰りに、西口のヨドバシカメラに少し向こうの、「世界堂」へスケッチブックを買おうと行ったら、文房具ばかりで、絵の用具は売っていないと言う。
歳をとって思うことは、余り変えないで欲しいということである。そこへ行けば、いつもの**があるということで自分の生存が確かめられる。それが、何がしかの理由によって変えられると、浦島太郎になってしまう。

帰ってきて、また、試着して、鏡の前へ立った。出発までに一度雨の中を歩いてみたい。

#71

2009年5月27日 (水)

ダブリンの宿(2)

行き先々で、次の宿を探すか、その土地に着いてから宿を探すか、しないと本当の自由な旅の醍醐味は味わえないので、今回の旅もそうする積りでいる。

しかし、アイルランドに着いた初日の宿も決まっていないとあっては、いささか不安でもあるし、折角泊るなら、好みの宿を取っておきたいこともあってダブリンの最初の宿を2泊予約することにした。

泊りたいのは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が幼少の頃住んでいたお祖母さんの家が、今はタウンハウスというB&BB&Bとなっているので、そこに泊りたかった。1泊80ユーロは私の基準からは少し高いのだが、飛行機の疲れもあることだから、贅沢?しようと思って、そのホームページで予約しようとしたが、何度やってもエラーとなって上手く行かない。理由の照会と直接予約しようメールをしたら、その返事の中に

If you try www.hostelworld.com and try our link Globetrotters to book
the single
Room at €70.00 per night.

とあった。今朝、このホステルワールド・コムにアクセスしたら、難なく取れてしまった。15ユーロのデポジットが必要だが、不思議なことに、直接予約するより、10ユーロ安い。
「神様は貧者に微笑む」と我流の諺をつくって、ひとり悦に入った。

The Townhouse of Dublin/Globetrotters
47/48 Lower Gardiner St,
Dublin 1.

Tel: 00353 1 878 8808 / 874 0592.
Fax: 00353 1 878 8787.

www.townhouseofdublin.com

www.globetrottersdublin.com

ラフカディオ・ハーン  (Wikipediaからの引用)

  • 1850年6月27日 - 誕生。父はチャールス・ブッシュ・ハーン、母はローザ・カシマティ。生地ギリシャレフカダ島からラフカディオというミドルネームを付けられた。
  • 1852年 - 2歳のとき父母は父の家があるダブリン移住する。
  • 1854年 - 父が西インドに赴任し一人となった母は精神を病みギリシャのセリゴ島へ帰国。4歳のハーンはサラ・ブレナン大叔母(家はレインスター・スクェアー、アッパー・レッソン・ストリート交差点)に厳格なカトリック文化のなかで育てられた。
  • 1856年 - 6歳のとき父母は離婚し父は再婚した。
  • #36https://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=45230109&blog_id=1036986

    #69

    2009年5月24日 (日)

    旅装 - ザック(2)

    Zac ザックは、靴に次いで、旅の間、すっと身について、体の一部になるものなので、相性の良いものを選びたいものである。十数回、登山用品の店に通って次第に、伴侶ともいえるザックが決まる。ザックには男性用と女性用があり、同じ容量でも、背中の長さによってS,M、Lがあることが分った。大きさは40リットル、L型、2気室にしようと心が決まってくると、自ずと絞られてくる。ミレーのザックで、神保町の石井スポーツでバーゲンで売っているのが妥当な所と思ったのだが、それなら同じものが好日山荘にもあったので、新宿の同店へ行くと、欲しい色の物は、在庫がなく、調べてもらったら、池袋店にあるという。
    一晩過して、今日は、10時前に家を出て、池袋へ向かった。好日山荘の人は、昨日、新宿から在庫の照会を受けた人で、スムーズに進んだ。装着の仕方など教えて貰って、それを背負って、意気揚々と店を出た。お金持ちで、いくら高くても、欲しい物をその場で買ってしまう人には、このささやかな買い物の喜びは味わえないのではないのではないか。

    そのザックを背負って、原宿で降りて、向かったのは、NHKの傍のケヤキ並木での、「アースマーケット」という有機の野菜や食品の市場である。それほど大きな規模ではなかったが、大根や玉葱を買って、それでも足りないので、渋谷市場でキャベツやジャガイモを買って、背負って帰った。計ってみると、9キロ。大体アイルランド旅行で背負う重さである。

    色々なバンドの調整や隠しポケットなど調べて、寝袋、ツエルトを入れてみたりして楽しんだ。ザックの自重がやや重いかとも思ったが、ザックは女房と同じで、1度選んだら、いとおしんで最後まで背負わなければならない。

    #68

    Phpto by shigeko

    2009年5月22日 (金)

    旅程 計画2 ダブリンへ(2)

    最初は、ロンドンへ行って、ゆるゆると、鉄道でホーリヘッドへ出て、フェリーでダブリンへ向かう予定であった。
    しかし、これでは、ロンドンデリーから歩きだす前に疲れてしまうのではないかと思うようになった。格安チケットの有効期間が1月とあって、早く歩き出せなければならない,。ロンドンへは80歳になってからでも行ける。
    とりあえず、6月24日成田を立ち、ダブリンへ向うことにし、チケットの予約をした。

    ついでに書いて置くと、チケットの手配には迷いが多いものであるが、先ず、値段が納得でき、選ばれたKLMの発着の時間が良いのと、日本旅行社のNさんという女性が良かったからである。HISとアルキカタコムの対応は余り良くなかった。商売は第一線の売り子の誠実さに依存している。
    価格にはかなりばらつきがあって、早い目に手配した方がよさそうである。
    ロンドンまで格安チケットを入手してとも考えた。Nさんに調べてもらったら、往復8万8千円、片道でも8万8千円との返事があった。

    #67

    2009年5月21日 (木)

    旅装 ー 小物(1)

    旅行へ持って行く小物を整理するのは楽しいことの一つである。

    薬 ー 私は喘息の体質で、先ずこのための薬が必要。後は外傷用、風邪用、腹痛用。腹痛用は『正露丸』を新たに買った。これで完了。
    洗濯 ー 前の旅行の洗剤が残っていた。干すためのロープと洗濯バサミ。洗濯バサミは家人のものを失敬した。
    磁石 ー GPSをFさんは推奨し、確かに便利でが、古い磁石で済ます。
    UBSメモリ ー パソコンが盗難にあっても、これにコピーしておけばデーターは助かる。(Fさんのご注意)4Gを買った。
    デジカメー ー もう1年近く行くへ不明。出発までに出てきて欲しい。
    懐中電灯 -良いのを2つもっていたのだが、出してみると不調。
    炊事道具 - 最小限、湯が沸かせる用意。
    プラグ - 未手配。
    サンダル - 未手配。
    かみそり ー 未手配。
    ラジオ - どういう訳かFMが受信されない。
    食料 - 醤油を少し直前に用意。
    小道具 -ナイフ、ドライバー。
    携帯電話 -現地レンタルできないか?

    #66

    2009年5月16日 (土)

    旅装ー携帯電話・パソコン・変圧器(2)

    この手のことは、海外で実際行って使っておられる方の意見が最も値打ちがある。
    私の友達で思い当たるのはYさんで、昨日、Yさんにお会いしてお教えいただいた。

    久しぶりに、ハチ公前で落ち合って、オールゲートへ行った。パソコン持参でしかも、モバイルになっているので実際の状況をデモしていただきながらの説明は大変役に立った。
    日本との交信はインターネットで十分という気がした。
    ネットブックだけで済ませないか思い始めている。要は国内でモバイルの体験を増やさないと駄目だ。
    ネットブックは今日も物色してみたが、やはりYさんが目に付けておられるDELLになりそう。
    無線LANの業者の選択が残っている。
    変圧器の問題はPCに関するかぎり、ACアダプターは250Vまで対応していて問題は無く、後はプラグだけの問題。

    次は格安チケットの手配となるが、これがなかなかの難問。早く出発日を決めなくてはならない。

    2009年5月10日 (日)

    旅装ー携帯電話・パソコン・変圧器(1)

    今携帯電話を持っていないが、海外では携帯電話があればどんなに便利かと思うので、物色していると意外な事が分ってきた。つまり、日本で携帯に加入して、これを外国で使うとなれば、通信費が大変高くつく。国内のように定額使い放題は、国外では通用せず、受信にもお金がかかる。
    携帯は写真も取れるので便利だがこれを日本へ送るにはコストがかかる。

    主たる目的はブロッグの更新で、これは家族への動静報告なのだから、何とかしたい。パソコンをインターネットに繋げて、やるのが良いと思うと、今はやりのネットブックが必要となる。海外でのインターネットのつなぎ方を勉強しめければならない。

    携帯にしろ、パソコンにしろデジカメにしろバッテリーの充電が必要だが電圧が違うので変圧器が必要となる。プラグもイギリスとアメリカでは違う。

    変圧器を持っていくなら、簡単な調理の出来る電熱器ももって行ける。

    経験者から良いアドバイスが欲しいところ。

    #64

    2009年5月 3日 (日)

    パスポート

    メーデーの日、池袋の旅券センターで、パスポートを申請した。
    これで3度目であり、最後になるだろう。
    インターネットによると、四月下旬、五月の初めは、センターは混雑するので、避けて欲しいとあったが、たまたま大塚に用があったので、都電荒川線を2駅乗って出かけたのである。1,2時間は待たされるのを覚悟して、その間に本が読めるとそれも楽しみに行ったのだが、30分であっけなく手続きは終了した。受領は5月13日。
    免許証を待たないものには、自己証明の手段となる。

    連句のも二の折に入る。

    その前の2句は

       散りながら舞い上がるものあり花吹雪

         白寿の師匠手さばき確か

    二の折表の初句は

      家族連れに混じり申請パスポート

        共に飛び立つ豚のインフル

    #63

    2009年4月28日 (火)

    旅装ーザック(1)

    スペイン巡礼の案内書にはサックは50リットルが良いと書いてあるが、私は30リットルにしようか40リットルに仕様か迷っている。大きければそれだけ荷物を持ち歩くことになる。寝袋を持って行くので、2気室のものにするところまでは決めているのだが、大きさが決まらない。

    どれくらいの重量を担いでいくかについては、私は10キロ以下と決めているが、所が、ヨーロッパを徒歩で歩いて、今はタイ、ベトナム、中国へと歩を進めている「あるきすと」さんの場合18キロ。

    瞽女(ごぜ)さんがどれだけ担いで旅をしたが、斉藤真一『瞽女 -盲人の旅芸人』に出ていて、それによると4貫目、丁度15キロである。この中には、お座敷用の晴れ着一式も入っている。

    炊事用具、絵の用具これをどれほど持って行くかが、重量に大きく影響を与える。

    #62

    2009年4月19日 (日)

    Stick バランスを取りながら歩く助けに杖は重宝である。杖は最近はスキーのストックのように2本が流行っているようだが、私は自分の二本足で歩くことを原則にしているので、2本杖は採用しない。値段も倍かかるし・・・。
    杖は、選択に困るほど品物があり、韓国製で良いものが出回っているが、色々当たった末、日本製で、マジック・マウンテンという素晴らしい名前のついているものを買った。50cm足らずだが、伸ばせは120cmになる。(写真上)
    これは、ツエルトを張る時の支柱ともなり、また、あってはならないことだが、護身用にもなる。しかし、この杖の最も大切なことは、象徴なのである。
    今回の旅が遊行的性格を持っているとすると杖は不可欠の道具ということになる。お遠路さんのように白木の長い杖が相応しいのだが日本から持っていくわけにはいかない。バイヤンの『天路歴程』にはこのような杖が出てくる。(写真下)

    Bunyan
    もっと、無くてはならない杖は、目の不自由な方の杖で、私は幸いにも、未だ目が見えるので、杖は象徴、せいぜい転ばぬ先の杖である。

    赤塚憲雄『異人論序説』(砂子屋書房)には、杖のことが取り上げられていて、その中で「<異人>のアイデンティティの表徴(しるし)としての杖。わたしはすでに、琵琶法師、山伏、宿の長吏などの”境の民”にくくられている人々が、杖をもつ存在であることを知っている。西洋の魔法使いや道化の杖を思いうかべてもよい。そして、四国遍路の聖なる杖・金剛杖、である。」(130頁)

    私がアイルランドを歩くのに杖を1本もつと、この杖によって、旅は随分深みを帯びてくる。

    photo by shigeko
    #61

    2009年4月18日 (土)

    愛蘭土独吟百韻(3)

    凡庸な駄句を連ねている内に初折の裏14句が出来たので
    初めから掲げておきます。

    初折の裏

    眼精の疲れに甘し柚子の風呂

      喪中欠礼増えるこの頃

    屠蘇賀状先ずはめでたきおらが春

      梅が鳥呼ぶ小さき公園

    ブロンドの子の漕ぐブラココ空晴れて

      ブランド犬は皆静かなり

    パトリック祭ハープで爪弾くタニーボーイ

      芽吹き待たるる表参道

    月冴えて茶髪娘の始発待つ
      
      親指だけで送る恋文

    清貧のデートはいつもルノアール

      カプチーノの模様さまざま

    散りながら舞い上がるものあり花吹雪

      白寿の師匠手さばき確か


    私が初めて連句に興味を持ったのは石川淳の『西游日録』だと思っていて、図書館でチェックしたら、それは日記に挟まれた俳句であった。連句を独吟しながらの旅日記ではなかった。どこで記憶の混乱が起きたのしら?


    2009年4月16日 (木)

    野宿用品(3)

    Zert ツエルト(野宿用テント)は色んな登山用品の店を物色して、結局、好日山荘の「スーパーライト・ツエルト1」を買った。(写真参照)
    これは280グラム。広げれば、縦200cm、横90cm、高さ90cmとなる。
    これに3メートルのロープとペグ4本、ポールは立ち木と杖を代用する。
    寝袋は既にあり、グランドシート、スコップ(トイレ用)は100円ショップ入手した。
    これで、野宿の道具は一応揃った。

    炊事道具は、前から持っている水筒とコンロの組み合わせたものを持って行く。小型のアルコール・コンロは大変魅力的で、危うく手を出しかけたが思い止まった。ダブリンあたりでキャンプ用品の店を物色して見る。というのは燃料を日本から持参するのは飛行機の乗る際、障害になりそうだから。
    乾燥食品、調味料を持っていくが、これを選ぶのが、これからの楽しみ。

    野宿でもかまわないということは、行動に大きな自由をもたらすが、もう年だから、原則はB&Bで泊ることにし、野宿はいわば伝家の宝刀というべきもので、余り抜かぬ方が良いと思っている。

    Photo by shigeko

    #59

    2009年3月15日 (日)

    愛蘭土独吟百韻(2)

    連句のことは忘れる所であった。

    初折の裏(1)

    眼精の疲れに甘し柚子の風呂

      喪中欠礼増えるこの頃

    屠蘇賀状先ずはめでたきおらが春

      梅が鳥呼ぶ小さき公園

    ブロンドの子の漕ぐブラココ空晴れて

      ブランド犬は皆静かなり

    パトリック祭ハープで爪弾くタニーボーイ

      芽吹き待たるる表参道

    今日3月15日はアイルランド・フェスティバル2009 イン・トーキョーで表参道は日本とアイルランドの国旗か飾られ、一時通行止めで、パレードがあった。表参道ヒルズで沢山の催しものがあって、その中の菊池恵子さんのアイリッシュ・ハープの演奏を聞いた。本当に美しく心を打たれた。

    #55

    2009年2月26日 (木)

    初めてのゲール語

    今日、六本木のテレビ朝日で行われている「Celtic Week2009」のイベントの一つ「初めてのゲール語」へ参加した。講師は近藤ゆう子先生。生徒5人。ハーバード大の手法で、直接、ゲール語でゲール語を教える。
    私も日本語教師の端くれとして、直説法はよく分かる。うまくレッスンが進んで、良い入門コースだった。1時間足らずで先生はくたくた。

    アイルランド旅行で必要な言葉は
        ありがとう。さようなら。お願いします。どうぞ。欲しい。はい、いいえ。教えてください。

    こんな所だと思うのだが、今日は「ありがとう」まで。しかもスコットランどとアイルランドでは異なるらしい。

    2009年2月15日 (日)

    歩く練習(2)

    靴は次第に足に馴染んで良い感じになってきた。今日は荷物を背負っての練習のため、野菜の買い物を自ら買って出て、渋谷市場へ行った。元来、私は市場が好きなのである。スーパーやコンビニは嫌い。呼び声のかかる中、野積みされた、野菜や果物を買うのが好きである。魚なら、ひとことふたこと魚屋と話して買うのが楽しい。買い物の喜びを家人に譲っているので、実際にはものを余り買わないが、近くでは、渋谷市場、目黒市場がビルの地下にあるけれど、昔の面影を留めているので時々覗く。
    今日の買い物は重いものはかり、大根、キャベツ、白菜、かぼちゃ、人参それに独活とエンギ。帰って計ったら約10キロあった。アイルランドでどの程度の荷物を持っていくかこれから検討するのだが、7キロ位かなと思っている。サンティアゴ巡礼のガイドブックによるとたいじゅうの10%以下が良いとあるが、リックの大きさは50リットルを推奨しているので、本当の所、どれくらいが良いのか分からない。いづれにしろ、10キロ位の荷物で体を慣らしておきたいもの。
    家か渋谷市場まで10数分、1キロに満たない距離なので余り練習にはならないかもしれないが、時々試みる積り。そのためにはせっせと野菜を消費しなければならない。
    今度の靴は、背中に重い荷物がかかると急にその威力が感じられる。底の薄い、軽いもの買わなくてよかったと思った。

    #54

    2009年2月11日 (水)

    旅装ー野宿用品(2)

    今日、倉庫の中から昔の山の道具を取り出して見ると、一人用テント一張りと寝袋が2つ出てきた。計ってみると、テントは1.2キロ、寝袋は2つ共、0.8キロだった。どうして同じ目方の寝袋が2つあるのか、思い出せない。いずれにしろ、寝袋はこのうちの一つを持っていくことになる。寝袋のカバーも出てきた。

    私は昔、友人と一緒にテントを持って山旅したので、幕営の経験は結構あり、大地に直接身を横たえる時の感覚やその中の生活体験は持っている。でもこれは野宿とは言わない。やはり、野宿といえば一人で止むを得ず野に一夜を明かすという感じである。

    山中で一人一夜を明かした経験で、覚えているのは、一つは、京都北山の、花折峠から入った所で、正確な場所は忘れたが、一日誰も通らないような所であった。明るかったので、もう落葉が済んでいた冬であったかも知れない。途中、沢を渡るのに足を滑らし、その拍子に眼鏡を沢に落としてしまった。近眼の人は分るのだが、眼鏡なしに眼鏡を探すのは大変難しい。泣きたい気持ちで、沢を手探りして、やっと見つけた。一人歩きは誰も助けてくれる者はいないことを身にしみて思った。酒を飲んで寝たので夜中のことは分らないが、翌朝、起きてみると、テントの傍に出していた缶詰の空き缶が獣によって綺麗になめられていた。一瞬熊かと思ったが、狐か狸かもしれない。

    もう一度は、太閤記に凝っている頃で、賤ヶ岳の古戦場で一夜を過した。雑木の生い茂った山中にテントを張って、兵どもの喚声を聞く積りが、一杯飲んで、ぐっすり寝てしまった。翌日、余呉の湖に降りて、人には会わず、湖畔で絵を描いて帰ったのを覚えている。この2回ともコンロは持っていったと思う。焚き火は傍に水場があって、消火が完全に出来る所でないと怖くて出来ない。カーボーイがよく焚き火をしているが、一人だと中々できるものではない。

    今度のアイルランド旅行で野宿を覚悟するのは、行きたい進路に、歩いて30キロ前後の所に宿がない場合で、あきらめて、別の道をとるか、思い切って野宿覚悟で進むかの、選択の自由を確保するためである。車社会になって、一日行程のところに宿がない可能性が高いからである。これがお遍路さんやスペインの巡礼路と違う所で、不便と言えば不便で、面白いと言えば面白く、地図と情報と判断と勇気と使うゲームなのである。

    早い話が、始点、ロンドンデリーから、真っ直ぐ20キロほど南下してストラバネという町に行くと宿が一軒ある。私の行きたいのは西の方向なのだが、最も近いレタケニーという町へは40キロ以上で、ここには宿屋がいくつもあるらしい。しかし途中で草臥れたとき、野宿する羽目になる。どちらを選ぶかは、もう一つ先まで考えなければ、決めかねる。というのはその先しばらく宿がない可能性だってある。こんな時、野宿を覚悟すれば、好きな方を選べる。野宿は自由のシンボルなのである。

    でもこんなことをやって見たいという不思議な欲望が人にもあるらしく、私は高校のころ、見晴らしの良い尾根で、煌々と照る月の下で、一人一夜を明かしたいと強く思ったことがある。これは未だに実現していないが、アイルランドで実現するかもしれない。その時は、余り飲まずに一夜を満喫したいものである。

    一人用テント1.2キロは重すぎる。モンテベルで、コンパクトな0.9キロのツエルトを見つけた。これは1万円ほどする。これを一つの候補として、野宿用品の探索は続く。

    #53

    2009年2月 8日 (日)

    旅装ー野宿用品(1)

    徒歩旅行でどうしても野宿を念頭に置かなければならないことは既に書いた。#18 
    https://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=43388701&blog_id=1036986

    寝袋を持って行くとして、その上何が必要かと言えば、地面から湿らないようにグランドシート、それに、雨や夜露を防ぐための覆いである。ずーと野営しながら行くのであれば、一人用テントというのも考えられるが、やや重いし、私は基本的に宿に泊るのだから、野宿はまさに非常のことなので、そのための荷物は限りなく軽く小さくしたい。テントより簡便なツエルトというものがあり、、私も持っていて、探せば出てくるだろうが、何しろ30以上も前のものである。

    登山用品の店で物色してみると、ウレタンに銀紙を貼ったようなグランドシートがあるが、やや嵩張るし、覆いをどうするかの問題が残る。アメリカ製ですっぽりと体を入れられるような全天候毛布(All weather blanket?)といった商品があって、魅力的だがやや重い。2月7日の朝日新聞朝刊の服部文祥さんという方が「サバイバル登山」という一文を寄せておられるが、この人は、高山をテントもコンロも所謂文明のにおいのするもの一切持たずに、歩いておられる。私より30歳以上も若いこの人の真似をするわけにもいかないし、「生+死=命 だから面白い」とは思わない。「生きているから楽しい」といえるよう、出来るだけつらい思いをせずに、出来れば快適な一夜を過したい。アイルランドは妖精は沢山いるらしいが、野獣がいるとは聞かないので、余り案じていないが、コンパクトで軽量な野宿装備を探している。

    #52

    2009年2月 2日 (月)

    ロンドンデリーの歌(5)ダニーボーイ

    「ダニーボーイ」を口ずさんでいると、いつも哀しさがこみ上げてくる。

    原詩も訳詩もネット上沢山あるので繰り返さないが、その大意を書いておくと

    「ああ!ダニーちゃん! 召集のバグパイプがあちこちで鳴っている。夏は終わり、バラも散って、
    今度はお前が、お前が出征の番だよ。

    でも、きっと帰って来ておくれ。牧場に夏が来る頃には。少なくとも、谷が雪に覆われる頃までにはね。
    私は、晴の日も雨の日も私は待ってるよ。ああ、ダニーちゃん。ダニちゃん。どんなにお前を愛していることか。

    お前が帰って来た時、花は散っているかも知れない。私は死んでいるかも知れない。もしそうなら、お墓を探して祈っておくれ。

    お前のやさしい足音をそっと墓の下で聞せておくれ。お墓を暖かく甘美なものにしておくれ。額ずいて「愛してる」と言ってね。そうすれば、お前が私のもとに来るまで、安らかに眠ります。」

    愛情がストレートに伝わってきて哀しくなる上に、途中、I’ll be hereの hereが高すぎて、私には声が出ないという難点があり、アイルランド人の前でこの歌を歌うのは少々無理かなと思い始めている。

    そんな時、昨日の話であるが、キャロル協会の例会に、京のTさんが、アランセーターを着てこられた。なかなか風情のあるもので、おそらく私のために着てくださったのだと思う。
    何時もの飲み会で、歌の話となって、ちょっと、話の前後は忘れたのだが、向こうで歌うなら「茶摘歌」が良いのではということになった。「夏も近づく八十八夜 トントン・・・」であるが、音楽家でもあるTさんも大賛成で、手合わせ歌のジェスチャまでしてくれた。こちらのほうは明るいし、もしもアイルランド娘と手合わせでこの歌を歌うようなことがあればすばらしい旅になることだろう。

    そんなことで、アイルランドでの持ち歌は「さくらさくら」「茶摘歌」そして、予備に「ダニーボーイ」ということにする。

    #51

    2009年1月24日 (土)

    歩く練習(1)

    新しい靴を買って、歩くのは3回目。次第に足に馴れた来た。くるぶしまであるので、普段の歩き方ではしっくりこない。靴の要求を聞いて上げなければならない。この靴の好みは①つま先を前に蹴り上げる②かがとからしっかりと着地する③歩幅は大きくーーの3点のように思える。この要求にしたがって歩くとおのずと姿勢もよくなるようである。

    ただ歩くだけでつまらないので、時々「ダニー・ボーイ」を低唱する。今日足の向いた先は神保町で、ここには本屋以外にスポーツ用品の店が多い。今日は「さかいや」という所へ行った。そして、金曜日なので、古書会館の古書市が外せない。
    しかし、最近では本を処分しなければならない境遇にあるので、見ることは見るが、出来るだけ欲しい本がないことを祈りながら見るので、ちょっと変な感じである。もしあっても「接してもらさない」スタンスである。
    それでもなお古書市が面白いかと言えば、一種の出会い、かっこよく言えばセレンディピティーがあるからである。本屋は一二度いくと大体どんな本がどこにあるか解るので意外性がない。その点、古書市は雑然として、その中に身を置いて、幸せな出会いを待つのである。
    ここ数年不思議に思うことは、若者の姿を殆ど見なくなったことである。古書市は大半がお爺さんで、おそらく平均年齢は65歳を越えると思う。そのお爺さんたちが沢山買い込んで、ちょっと上気した顔付きで帰っていく。
    一体、若者はどうしているのかと思うのだが、大半はネットで買うのではないかと思う。
    お爺さんはネットでも買うのだろうが、永年馴染んだセレンディピティーの小天国が懐かしくてここに足を運ぶのだろう。そして、あれも読みたいこれも欲しいと思っていた頃の若さを少し取り戻す。

    歩き方の中で最も大切なのは①つま先を前に蹴り上げることで、この一つを気を付ければ後は付いてくる。
    ナチの行進の歩き方に似てこないかちょっと心配。

    #50

    2009年1月20日 (火)

    旅装ー靴(4)

    Kutu やっと買った。先ずこんな所ではないかと思う。

    今日、八重洲の「ジャンダルム」という登山用品の店に行くと、昨日原宿で見た靴がはるか安い値段で売っていて、私が来るのを待って呉れたように、寸法もぴったりなので、迷わずそれに決めた。イタリア製、CALZA、ビムラム底。早速新しい靴を履いて、お祝いに南インド料理の店「ダバインデア」で3色カレーを食べた。女性と外人が多っかた。
    道々、履き心地を確かめる。左足は直ぐフィットした。右足も少し調整したらOK。くるぶしまであるので、短靴とは違った歩き方の工夫が必要で、靴に歩き方を教わる感じである。この靴とは旨く付き合えそうに思える。おそらく死ぬまで付き合うことになろう。というのはビブラム底を3回張り替えるほど長生きは出来ないから。
    旅装の中で最も重要なものが決まってほっとした。
    #49
    Photo by sigeko

    2009年1月18日 (日)

    旅装ー靴(3)

    そろそろ、靴を買って、歩く練習をしなければならない。これまで、それとなく物色しているのだが、思わしいものに出会わない。トレッキング用の靴は最近が殆ど、上部がゴアステックの布製である。通気性と軽さのためにそうなってきたのであろう。私が探しているのは、総革の編上靴なのである。今日、原宿の石井スポーツへ行って店の人に聞いてみると、その手の物は一種類しかないという。デザインが今ひとつで4万以上するので手を出さなかった。しかし、靴底はビブラムで張替えができる。
    もう少し山の道具の店を歩くことにする。それ自体が運動になるので。
    そして歩きながら「ダニー・ボーイ」を口ずさもう。

    #48

    2009年1月 9日 (金)

    ロンドンデリーの歌(4)

    いつも情報をくれる占部勲司君からこんなアドバイスを戴いた。
    ご本人のご了解を得て再録します。

    「新年を迎え、ますますご健勝にて、アイルランド旅行のご準備を着々とお進めのことと存じます。

    ところで、アイルランド500キロ・メートルの踏破をされる過程で、現地の住民とさまざまな交流があるかと存じます。
    そんなときに、現地のコトバを使い、現地の民族的な歌を歌うと、一気に親しくなることを、体験的に感じております。
    大兄もいろんなご準備をされていることと存じます。

    アイルランドの民謡では、『ダニー・ボーイ』(DANNY BOY)がよいのではないかと思います。
    この歌は、歌詞が単純だし、くり返しが多い。
    ハリー・ベラフォンテやアンディー・ウイリアムスが歌っていますので、
    CD(公共図書館にたいていある)を見つければ、簡単に練習をすることができると思います。
    ご参考までに」

    私から

    「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします
    アドバイスありがとうございました。少し練習をしていくことにします。
    この歌は私は「ロンドンデリーの歌」として高校時代習いました。
    http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a2
    http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a44
    http://xbbs.knacks.biz/irelandho/a48
    これを上から順に見てくだされば経緯がわかります。

    正月にこんないたずらを始めました。
    http://www.alice-it.com/ryosaishii/ryousaimokuji-0.htm
    一度覗いてください。

    もう今年は梅が咲き始めましたね。春遠からじ  でしょうか?」

    再び占部君から

    「ご指摘のごとく、もともと北アイルランドの民謡であった「ロンドンデリーの歌」に、

    1913年にフレデリック・ウエザリーが「ダニー・ボーイ」という新しい歌詞をつけて出版し、レコーディングされて有名になった。1940年代にはグレンミラー楽団が「ダニー・ボーイ」を軍隊の慰問に盛んに取り上げて、世界的に有名になった。戦後には、ベラフォンテやアンディー・ウイリアムスが「ダニー・ボーイ」を歌ってヒットした、と聞いております」

    私は、アイルランドへ行く前に、少しは歩く練習をして行こうと思っていたが、占部君のアドバイスで歌の練習もして行くことになった。カラオケも好まない私だが、何とかやってみようと思っている。YouTubeで占部君ご推薦のものをふくめて何十人もの歌声が聴ける。さらに、永年音楽教室の先生をしている高校同期の細木光雄君のテープあることだし、後は練習あるのみ。

    #47

    2009年1月 7日 (水)

    イェイツ(3)

    イェイツの詩で最も有名なのは「イニスフリー島へ」ではないかと思う。
    同じような詩興は陶淵明(365-427)の「帰去来の辞」初め沢山あるが、なんと言っても、イェイツのは、簡単で、響きが素晴らしい。声を出して読んで欲しい。                           

    The Lake Isle of Innisfree

      I will arise and go now, and go to Innisfree,
      And a small cabin build there, of clay and wattles made;
      Nine bean-rows will I have there, a hive for the honey-bee,
      And live alone in the bee-loud glade.


      And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow,
      Dropping from the veils of the morning to where the cricket sings;
      There midnight's all a glimmer, and noon a purple glow,
      And evening full of the linnet's wings.


      I will arise and go now, for always night and day
       hear lake water lapping with low sounds by the shore;
      While I stand on the roadway, or one the pavements grey,
      I hear it in the deep core of the heart.
                                        

    逐語的な翻訳を知りたい方はネットで色々見ることが出来る。例えばhttp://homepage3.nifty.com/TAD/poems_1/poem_63.htm

    この詩の大意はこんな所です。

        さあ、起き上がって、田舎へ帰ろう。
        そこで小屋を建てて
        百姓をしよう

        そうすれば心安らぎ
        虫や鳥の声も楽しめ
        太陽も星達も微笑む

        今度こそ帰るぞ
        この世のしがらみの只中に
        故郷の島に寄せる
        波音が聞こえるから

    イニスフリー島は、イェイツの故郷、スライゴーの近くにあるギル湖に浮かぶ小島である。私の勝手な推測だが、少年の頃、イェイツはここでキャンプをしたのではと思う。昨夜、枕頭にある平井正穂訳編『イギリス名詩選』(岩波文庫)を繰っていたら、この詩が出てきて、その註にI will arise and go now, and go to Innisfree,はルカ伝15:18の放蕩息子の言葉を踏まえているとある。放蕩息子が、財産を使い果たし、路頭に迷ったあげく、お父さんの所へ帰らうと叫ぶ所なのである。。* 西洋人には最初の1行は深い味わいかがあるはずで、ロバート・スティーブンソンは生涯3度衝撃を受けた詩の一つに上げたそうである。

    根源へ帰る旅がこの詩なのである。

    私のアイルランド旅行の旅程にここを加えたいと思っている。アイルランドに知り合いがあるわけでも、特に見たいところがあっての旅ではないので、何か目標を作ることが必要なのである。
    ここについたら現地からレポートします。

    *聖書の「放蕩息子の喩」は、東洋人には法華経の「長者窮子の喩」にあたるが、こちらは父親の方が息子を探しにでる。
    根源に帰る旅として、慈雲尊者に次の歌がある。

      阿字の子が 阿字のふるさと たち出でて
         またたちかえる 阿字のふるさと

    阿字とは仏性のこと。Nさんの話では、この前、お坊さんが、葬式の時の説教にこの歌を使っていたとのこと。

    #46

    2008年12月27日 (土)

    W.B. イェイツ (2)

    イェイツの詩の中で有名なもの一つに「When You are Old」かある。確かジョン・アービングもある小説で引用していたと思うのだが、どの作品か思い出せない。原詩は簡単なもので、下に掲げておくが、和訳も沢山あって、インターネットでも見ることが出来るので、真面目な方はそれをご覧ください。例えばhttp://homepage3.nifty.com/kukkie/natu2.html
    出来れば原詩の口の中で転がして欲しい。

    パロディ風の拙訳を書いておきます。

    お前がばあさまになって
    韓流ドラマを見ながら
    コクリコクリとするようになったら
    この詩を読んで欲しい

    思い出してご覧
    お前の目が潤み輝き
    楚々とした身のこなしに
    多くの男たちが言い寄って来た頃のことを

    だが ひとりの男がいて
    お前の魂の遍歴と
    しみの増える悲しみを
    共にした

    テレビの前でうつらうつらしながら
    つぶやくがいい
    「愛は飛び去り
    山をこえて
    星のかなたに隠れてしまった」と

    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    When You are Old

    When you are old and grey and full of sleep,
    And nodding by the fire, take down this book,
    And slowly read, and dream of the soft look
    Your eyes had once, and of their shadows deep;

    How many loved your moments of glad grace,
    And loved your beauty with love false or true,
    But one man loved the pilgrim soul in you,
    And loved the sorrows of your changing face;

    And bending down beside the glowing bars,
    Murmur, a little sadly, how Love fled
    And paced upon the mountains overhead
    And hid his face amid a crowd of stars.

    W. B. Yeats

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    イェイツ30歳の頃の詩である。

    #45

    2008年12月22日 (月)

    12月19日の朝日の天声人語に次のような文章が出た。
    「先ごろの本紙で、チョウの写真に目を奪われた。岐阜県で捕獲され、目印をつけて放たれたものが、40日後に奄美大島で確認されたという。千キロを超す旅の果て、美しい羽はすり切れ、破れ団扇(うちわ)のようだ▼このアサギマダラは春には北へ、秋には南に下る「渡り」で知られる。夏の高原ではふわふわと、あまり羽ばたかずに舞う。ところが、いざ渡りとなるとギアが入り直すらしい。移動は片道切符で、旅先で生まれた子孫が逆コースをたどる。日本―台湾の2千キロを飛ぶことも珍しくない▼渡る理由は諸説あるが、かれんな姿からは信じられないたくましさだ。翻って、私たちの力はどうにも情けない。飛べず、ろくに泳げず、敏捷(びんしょう)性や走力は霊長類でも並以下だろう・・・」
    あの小さな蝶が千キロを旅するのだから、私のアイルランドど700キロの旅なんて、お話にならないくらいささやかな試みなのである。
    何千キロも旅する渡り鳥、回遊魚・・・人の営みなんて大したことはない。
    鳥も魚も蝶もその目的を知らない。人間だって目的がなく動き回っているのだ。
    蝶といえば荘周胡蝶の夢、
    昔者、荘周夢に胡蝶と為る。
    栩栩然として胡蝶なり。
    自ら喩しみ志に適へるかな。
    周なるを知らざるなり。
    #44

    2008年12月 2日 (火)

    行脚掟(あんぎゃおきて)

    Edokyoikuryoku_3 高橋敏『江戸の教育力』(ちくま新書)は寺子屋、若者組、図書館などを具体例を示しながら、江戸期の教育の一端を分りやすく書いた好著である。俳諧のネットワークがあって、雲水のように旅からた旅を続けている俳人が珍しくなかったことも分る。その中で船津午麦という人が、安政4年(1857)に、そのような行脚の旅に出るに際しての、自戒の『行脚掟』というものが残っていて、掲載されていた。

    その中から、私の自戒としたいものを写して置く。

    一、一宿なすとも再宿すべからず、樹木石上に臥すともあたためたるむしろと思うべし

    一、腰に寸鉄たりとも、帯びずべからず、そうじて物の命をとることなかれ

    一、馬駕籠に乗事なかれ、枝の枯杖を己が痩脚と思うべし

    一、山川旧跡親しく尋入すべし、新たに私の名を付る事なかれ

    一、一宿一飯の主もおろそかにおもうべからず、さりとて又媚諂ふ事なかれ

    一、船銭茶代をわするべからず

    photo by shigeko

    #43

    2008年11月17日 (月)

    アイルランドの美味しいもの(1)

    旅の楽しみの3割以上は食べることの楽しみにあると思っている。
    海外旅行へ行って、食べ物がまずかったと言う人や、食べ物の話をしない人は、私はその人が大した旅をしていないと思う。
    ありがたいことに、私は世界のどこへ行っても、その土地のものが美味しい。
    「あなた方はこんな美味しいものを食べているのか!」と驚嘆する。
    だから、その土地の美味しいものを知らず旅行するわけに行かない。
    予備知識が必要だ。行ってその土地の人に聞くのが一番だが。事前に少し情報を仕入れるのも楽しみの一つ。

    そんなわけで、図書館で、松井ゆみ子『ケルトの国のごちそうめぐり』(河出書房新社)が目に留まり、手に取った。
    素晴らしい写真が沢山ある。ただ、写真だけからは、アイルランドのご馳走は立ち上がってこない。
    牡蠣やジャガイモなどアイルランドで有名なものは別にして、覚えておきたいものを書いておく。

    ブラックプディング ー腸詰。血が入っているから黒い。その中で特殊なのは、ドリシーンとトライブで珍味のようだ。
    コークのヒラメのバター焼き
    コーク産のジン
    アイリッシュスチュウ
    アイスクリーム

    まあ、こんな所だろうか?この方はダブリン近郊のニューブリッジという所に住んでおられて、そこを中心とした生活の、食を中心としたエッセイで、アイルランドの日常といったものを垣間見ることができるが、タイトルの「ごちそうめぐり」から、各地の名物郷土料理のようなものを知ることが出来ると思って読んだので少しがっかした。
    アイルランドには取り立てて目を見張るような料理はないが、平凡だが地味あふれる料理が食べられるのかもしれない。

    それにしてももう少し情報を仕入れておきたい。ダブリンではこれがお勧めとか、B級グルメ的情報でもいいから「これがお勧め」といったことが知りたいのである。

    #42

    2008年10月 9日 (木)

    地図(2)

    Photo_2 アイルランド観光局や占部君が送ってくれ資料の中に、地図が随分含まれていた。
    本当は5万分の1の地図が欲しいのだが、随分高い。しかも、なぜ、詳細な地図が欲しいかといえば、勿論、歩く道しるべとしたいのであるが、一番肝心なのは歩いた先に泊る所があるかということである。考えてみれば5万分の1の地図にB&Bまで書いていないのであるから、そんな地図があっても余り意味がない。

    ロンドンデリーから歩いて1日の行程に宿があるかどうかは、地図は語ってくれない。そんなことから詳細な地図を得ることはあきらめることにした。

    大きく言えば、コロンブスもバスコダ・ガマも詳細な地図を持っての航海はない。地図がないから冒険なのである。

    ルイス・キャロルの『スナーク狩り』ではこんな地図を持って出かけている。これで十分なのだ。

    #39

    2008年9月25日 (木)

    ロンドンデリーの歌(3)

        懐かしのデリーの谷間 川沿ひに さ迷いて
      あふれさく 岸辺の菫を 手をりし日よ かの昔
      はるかなる夢とはなれど みどりこき川島に
      さすらいの旅にしあれば 遠く心はあくがるヽ

    私が求めていた「ロンドデリーの歌」の歌詞がやっと手に入った。
    4日前、MH君から電話があって、「ロンドンでリーの歌」の高校時代習った歌詞を、同窓のSH君から入手したので、これからファックスで送るという。かたずをのんで待っていると、ファックスから出てきたのは、歌詞の5分の1ほどであった。このトラブルを連絡しようと思ったのだが、彼の電話番号を知らない。結局、長田高校8回生の幹事役のMOさんのメールをして、電話番号を教えてもらって、次の晩、再度ファックスしてもらうことにしたが、相変わらず同じ現象が起きた。彼の考えではお互いの機械の相性が悪いのかもしれないということで、郵送してもらうことになった。そして今日、それが届いた。

    SH君持っていた歌集の表紙は「歌集  長田高校3年1組  Home Room Songs」とあって、その25頁に「ロンドンデリーの歌」があり、それを送ってくれたのである。上記の歌詞が楽譜とともにあり、その横に、この前MH君が送ってくれた、ダーニーボーイの歌詞、津川主一訳の「わが子よ 我は汝を 父君のかたみとして 心していつくしみつ 今日まで育て上げぬ ・・・」が併記されている。ガリ版刷りのこの歌集を3年1組の愛唱歌集であったのだろう。私のクラスでそんな歌集があったのかどうか、私は当時、何だかうわの空で過ごしていて何も覚えていない。ただ、上記の歌詞の断片が耳底の残っていて、折に触れ思い出し、今回の徒歩旅行の始点となったわけで、私の旅はいわば青春の続きなのかもしれない。

    #38

    2008年9月24日 (水)

    アイルランドの資料

    Urabe 占部勲司大兄

    ずっしりと重いアイルランドの資料が届きました。
    「旅行博・2008」で私のためにわざわざ集めくださった沢山の資料は、この前アイルランド政府観光局で戴いた資料と殆ど重複がなく、すばらしものばかりでした。
    貴兄が暑い中、パンフレットを下げて、会場を歩いている姿を思い浮かべると、有り難いやら、申し訳ないやら、感謝の気持ちで一杯です。
    私の計画はどちらかと言えば西海岸なのですが、戴いた資料では、アイルランドはどこも魅力一杯です。

    中でも、強く引きつけたものがあります。
    Land of the horse
    アイルランドは乗馬が盛んな国なんですね。
    その昔、私は約2年間、京大馬術部の部員でした。
    殆どが厩舎の掃除などで、馬を操ることは上達しませんでしたが、もし可能なら、徒歩旅行の次は、騎馬旅行だと思いました。
    夢がまた一つ増えました。
    ありがとうございました。


    写真は占部君から貰ったパンフレット
    (クリックすると画像が大きくなります)
    Photo by Sigeko

    追記  乗馬関連サイト
    http://www.irelandonhorseback.com/

    #37

    2008年9月14日 (日)

    ダブリンの宿(1)

    ラフカディオ・ハーンは4歳(1854)から13歳(1863)まで、大叔母サラ・ブリネーンとダブリンで過ごしている。この大叔母は金持ちで、大きな屋敷に住んでいて、それが今も残っており、ホステルとB&Bとして使われている。建物は築後200年という。

    ①グローブ・トロッターズ・ツーリスト・ホステル
    http://www.globetrottersdublin.com/index.html
    ガイドブックには安い値段設定ながら、各部屋にシャワーとトイレが付いていて、オープン・ビュフェ形式の朝食も魅力的とある。
    24~28ユーロと信じられない安さである。
    バクッパッカー用2段ベットの写真が出ている。
    ここへ行くと若者との交流があることは間違いないない。

    ②タウンハウス・ゲストハウス
    http://www.townhouseofdublin.com/rooms.html
    これもラフカディオ・ハーンが住んでいたとあるので、①と隣接しているのだろう。
    4室の小さなB&Bでこちらは70~80ユーロ
    部屋が素晴らしく綺麗。

    少年時代ダブリンで過ごしたことは、ハーンの生涯に大きな影響を与えことは間違いない。そんなゆかりの場所で2,3泊するのも良いかもしれない。

    #36

    2008年9月11日 (木)

    ロンドンデリーの歌(2)

    私は神戸の長田高校の出身であるが、今年は、8月末に同窓会があった。離れていていつも欠席なのだが、出欠の通知フォームに「近況」欄があったので、そこに、私はアイルランドを南北に徒歩旅行するつもりでいるが、高校時代に習った「ロンドンデリーの歌」の歌詞を覚えている人はいないかと書いておいたら、早速、MH君から手紙が来た。
    彼は関西学院大学のグリークラブ(日本ではトップクラス)のOBで、今も、音楽と共に生きているよう人であるが、「ロンドンデリーの歌」の楽譜を同封して送ってくれた。問題の高校時代の教科書は神戸淡路大震災で失ったとのことで、同封のものは関西学院グリークラブOBの津川主一訳のものであった。この歌は「ダニー・ボーイ」として歌われることが多く、映画で、アイルランドかアメリカに渡って泥棒稼業をしている一家が、まるで、国歌以上のものとして、ことある語とに全員がこの歌を歌っていたとあった。
    彼もこの「ダニーボーイ」を歌っていて、発表の折のテープがあるというので、早速送ってくれるようお願いした。

    そして、今日、MH君から、テープが届いた。
    神戸文化ホールで開催された発表会の録音のようであった。切々と歌う彼の歌声を何度も聞いた。やはり、素人とは違う、よく練られた声であった。
    「私の歌っている”DANNY BOY"はLondonderry Airを元歌に、1913年Fred E.Weatheryが新しく詩を書き、アイルランドの名Tenor:John McCormackが歌って有名になったものです。先の泥棒家族の映画の中で、繰り返し歌われていたのは、これです。」と手紙にあった。
    このテープをアイルランド旅行のリックに入れてもって行き、アイルランドの人に聞いてもらうのも一興かと思った。

    その高校時代の歌詞については、彼は「懐かしのデリーの谷間、河沿いに魚は飛び・・・」という所まで覚えていて、その先は忘れ、ネットで調べてみたが見つからなかったことが書いてあった。

    「懐かしきデリーの谷間・・・」の歌詞の探索はまだまだ続く。何しろ100以上の歌詞があるそうだから容易に見つからない。

    #35

    2008年9月 5日 (金)

    健康(1)

    1ヶ月前後、知らない土地を歩くとなると健康が第一ということになる。8月中旬、2日間39度の高熱が出たので、何かからだがアラームを上げていることは間違いない。丁度、区の健診案内が来ていたので受けることにした。今日は色んな検査だけで、結果は一週間後にわかるが、厄介な病気を抱えていなけらば良いが・・・

    健康と関係があるのは肥満であるが、現在70キロ強。新潮170センチだから、65キロぐらいが良いのではないかと思っている。アイルランドへ行くまでには出来れば5キロ減量したい。5キロ分荷物が軽くなるということは、長い道程では結構大きいと思う。
    ウエスト95はせめて90にしなければ・・・

    #34

    2008年8月29日 (金)

    いつ行くか(3)

    Benbulben_mountain アイルランド政府観光庁の方から、その後、地図に関する情報と「いつ行くか(2)」の私の質問に対して丁寧な情報を戴いたので、ご了解をえてここに掲載させていただきます。

    ==================

    こんにちは。
    本日は幣庁オフィスへお越し下さいましてありがとうございました。
    その折お伝えできなかった日本でのアイルランドマップ販売を行っている業者の情報を
    以下にご紹介します。
    http://www.boudicca.gr.jp/map/

    ブログ拝見しました。

    「いつ行くか(2)」に記載のあるご質問への回答を差し上げます。ご参考下さい。

    ○この頃には どこどこに一面のXX草の花が咲き乱れ見事ですよ。
    ⇒紫色のヒースの花が一面カーペットのように咲く様子は、圧巻で見る価値があると思います。
    特にダブリン南方のウィックロー山系、西部コネマラ地方、北西部のドネゴールは群生しており
    お勧めです。最盛期はちょうど今頃の8月中旬から9月上旬まで。今年は冷夏のためか、先日
    帰国した方からのレポートでは満開とはいかなかったようです。
    またhttp://britannia.cool.ne.jp/travel/eire/index.html に記載のある「シャクナゲ谷」もお勧めです。
    こちらの方のレポートを読み今年5月上旬に訪れましたが、ちょっと早かったようで、花はまだちらほらと
    いう感じでした。ただシャクナゲの群生具合を見るに、まさに一山全てが花で覆い尽くされるであろう
    光景を想像すると一度はその時期に訪れてみたと思わせるに十分でした。
    さらに本日お持ち帰り頂いた日本語の「ウォーキング・イン・アイルランド」にも記事がありますが、
    バレン・ウェイもお勧めです。詳しくはこちらのリンクをご参考下さい。
    http://www.discoverireland.jp/announcement/20070614.html
    http://world.ponopeople.com/ireland/
    花の最盛期は種類にもよりますが、5-7月くらいがお勧めです。
    最後に個人的に大好きな花、ヒューシャ(和名:フクシャ)とシーピンクと呼ばれ、潮風のあたる海岸線に
    好んで群生するピンクの花があります。前者は南西部を中心に真っ赤な生垣?!と一瞬間違えるほど
    見事に道路沿いに咲き乱れます。時期は5-8月くらいでしょうか。後者は7-8月が最盛期です。ただ長くは観れません。
    また全土どこへいっても必ず目にするのが、黄色いハリエニシダです。夏と冬に咲く2種類があるようですが、
    私には見た目にはよく違いがわかりません。ただ結果的に一年中咲いている印象があります。

    花のことばかりを述べましたが、アイルランドがアイルランドたるのはやはりその緑の濃さとも言えるかもしれません。
    先日旅行会社のスタッフを対象にした研修旅行に参加された某社旅行企画スタッフのコメントを紹介します。
    “離団後、イギリスのコッツウォルズを訪れたが、(アイルランドの)緑の鮮やかさが全く異なることに驚いた。”
    この緑=牧草(や芝)は一年中枯れることはなく、いつも青々としています。本当にエメラルドの島というのが実感できると思います。

    ○この頃には XXが沢山取れて、美味しい季節ですよ。
    ⇒沢山獲れていうのとはちょっと違うかも?!しれませんが、春先のいわゆるスプリング・ラム
    (赤ちゃん羊)は肉が柔らかく臭みも少ないので、お勧めです。
    日本のブランド牛ならぬ、ブランド羊?!もありまして、特にウィックロー産、コネマラ産、ケリー産などが
    美味しいとされています。また島国ですので、海産物も美味しいです。牡蠣は有名で、西部ゴールウェイや
    近くの街クラリンブリッジではオイスター・フェスティバルが9月下旬に毎年催されています。
    http://www.discoverireland.jp/announcement/index.html

    ○何月何日には、この村の村祭りがあり、市も立って楽しいですよ。
    ⇒これはこちらのリンクで場所と時期を入力の上、検索してみてください。
    http://www.discoverireland.com/gb/ireland-things-to-see-and-do/whats-on/listings/
    お勧めは各地で行われる夏の伝統音楽祭です。
    http://www.discoverireland.jp/announcement/20070515.html
    こちらの情報は2007年度のものですが、リンク先には今年の日程がご覧頂けると思います。

    ○この頃は農民もXX作業を終えてのんびりと過ごしています。
    ⇒ちょっとなんとも分かりません。ただいわゆる観光シーズン(繁忙期)は10月最後の
    日曜日のサマータイムの終了をもって一気に静かになります。この時期はイベントも
    少なく日照時間も日に日に短くなり一見寂しい感じはしますが、観光客が少ないために
    パブに行っても地元の人しかいないことも多く、そうなるとある意味その土地の本来の姿を
    取り戻すとも言えるかと思います。ただB&Bやゲストハウスなどは春までお休みになるところも
    多くなりますのでご注意下さい。

    また渡航まで何かご質問などありましたら、どうぞご連絡下さい。
    *********************************************
    アイルランド政府観光庁 日本事務所 
    アビアレップス・マーケティング・ガーデン㈱内 
    〒160-0008
    東京都新宿区三栄町26-3 インターナショナル・プレイス
    T: 03-5367-6515
    <http://www.discoverireland.jp>
    **********************************************

    #33

    ============================================

    写真はアイルランド政府観光庁提供

    2008年8月28日 (木)

    アイルランド政府観光庁

    アイルランド政府観光庁のホームページhttp://www.discoverireland.jp/index.htmlは何かと便利で、資料も申し込めば送って下さるというので、申し込む手続きを始めたのだが、オフィスが四谷3丁目から5分とあり、家から40分も掛からないので、横着をせずに行くことにした。Pamphlet

    行ってみると資料は予想以上に沢山あった。北アイルランドのものもあり、欲しい資料をピックアップしていると30種類を超えた。係りの方が丁寧に対応してくださって、ウオーキングや地図の情報を教えてくださってありがたかった。
    資料はずっしりと重く、ナップザックを持っていったのが正解だった。
    体を動かして現場に行といつもご利益がある。

    これから、この資料で当分、机上アイルランド旅行を楽めそう。

    アイルランド政府観光庁の方は私のブログを読んでくださって、その後、色々情報を下さった。
    それは「いつ行くか(3)」に掲げておきます。

    Photo by Sigeko

    pほt

    #32

    2008年8月27日 (水)

    ダブリンでの計画(1)

    ぶらぶらと街を歩き、時々パブやカフェで休み、夕食には地場の安くて美味しい食堂を探し当ててゆっくり過ごす。これで良いのだが、ダブリンではちょっと外せない名所や行きたい所がある。

    聖パトリック大聖堂
    トリニティー・カレッジ
    クライスト・チャーチ大聖堂
    ダブリン城
    考古学・歴史博物館
    バーナード・ショウの生家
    アイルランド国立美術館
    ダブリン・ライターズ・ミュウジアム
    ジェムソン蒸留所〔アイルランドの酒(1)〕
    ギネス・ストアハウス
    ナンバー29
    セント・スチーブン・グリーン

    この他にも、魅力的な場所が一杯あるのでどれを割愛するかが大きな問題となりそう。
    教会も拝観料が必要なのはヨーロッパでは珍しい。
    乗り放題のバスのチケットを買って移動するのが良いかもしれない。

    #31

    2008年8月14日 (木)

    いつ行くか(2)

    アイルランドをいつ歩くのが最も楽しいか?これは少し情報が必要だ。

    気温や降水量のデータは容易わかる。
    地球の歩き方  アイルランド』ではダブリンと東京の気温と降水量の比較表が載っていて、それを見ると、東京より寒暖の差が少なく、暑さも8月で最高20度とあるので、しのぎやすく、冬の寒さも東京と替わらない。降水量は冬季を除き、アイルランドは少ない。観光シーズンは5月から9月とある。これでは徒歩旅行の時期を決めるのは物足りない。

    アイルランド政府観光局のホームページにも気象情報は当然出ているが、「観光シーズン」について、こう書いてある。

    「アイルランドの春は3月17日のセント・パトリック・デーをもって告げられますが、本格的な観光シーズンは4月~9月下旬までです。4月下旬から初夏かけては各地でいっせいに花が咲きます。また8月下旬から9月いっぱいにかけてはヒースが咲き、ウイックローやコネマラの山一面が紫色のじゅうたんで覆われ特に美しいです。12月~2月にかけては日暮れが早いですが、その分陽気なアイリッシュ達とパブで話をして、長い夜を楽しむのもよいでしょう。」
    年中、アイルランドは素晴らしいとわかる。いつでもいらっしゃいという感じ。

    徒歩旅行者として、歩いて気持ちが良いのは、気候が第一だが、その地域のベストシーズンがあるはずである。例えば:

    ○この頃には どこどこに一面のXX草の花が咲き乱れ見事ですよ。
    ○この頃には XXが沢山取れて、美味しい季節ですよ。
    ○何月何日には、この村の村祭りがあり、市も立って楽しいですよ。
    ○この頃は農民もXX作業を終えてのんびりと過ごしています。

    つまり、当地の人が最も楽しいと感じる季節で、「この頃いらっしゃい」というような時期を知りたいのである。
    同じ歩くなら、当地の方が最も幸せな所にお邪魔したいと思っているから。

    アイルランドの西側各所のそんな情報をこれから探すことになろう。
    もし最適な時期が、海水浴場のように、そこに観光客が押し寄せるようなら、敬遠したい。

    #29

    2008年8月12日 (火)

    いつ行くか(1)

    「アイルランドへは何時行くのですか?」と聞かれるようになった。
    「まだ決めていないのですが、一年以内にはアイルランドを歩いているでしょう」と取り合えずの答えている。アイルランド徒歩旅行のベストシーズンは何時なのかまだわかっていないし、色々やることもあるので、急ぐこともない。機が熟すのを待つ感じである。
    旅立ちまでに、身辺を少し整理したので、それには時間がかかるし、旅装を調えるのも嫁入り支度のようなものなのでゆっくり時間をかけたい。

    能因法師のように、密かに日焼けして、行ったことするという手は使わない。

    私にとって、既に旅は始っていて、道を歩くにもアイルランド、アイルランドといって歩いていると楽しいので、鉛炎天下も平気で歩いていたら、先日、熱中症のようなものにやられて、2日間、39度以上の高熱と頻尿に悩まされることになった。5日目には旧に復したが、本当に熱中症なのだろうか?病院の夏休みが終わったら健康診断してもら積もりでいる。その結果によっては、また課題が増えるかもしれない。

    参考:古今著聞集より

    能因は、いたれるすきものにてありければ、「都をば霞とともにたちしかど秋風ぞ吹く白河の関」とよめるを、都にありながら此の歌をいださむ事無念と思ふて人にもしられず久しく篭居で、色をくろく日にあたりなして後「みちのくのかたへ修業の次(ついで)によみたり」とぞ披露し侍ける 。

    #28

    2008年8月 6日 (水)

    旅程 計画1 ダブリンへ

    Timetable アイルランドへはますダブリンへ行き、3日前後過ごす予定であるが、そこまでの行き方に、私の場合、3つの候補がある。

    ①ヨーロッパの何処かの国から空路直接ダブリンへ。
       アイルランドに最も長く居れる。

    ②ロンドンで2泊ほどして空路、ダブリンへ。
      ロンドンへは3度目になるが、ロンドン塔とマダム・ダッソウーの蝋人形館をまだ見ていない。

    ③ロンドンで2泊ほどして、鉄道とフェリーを乗り継いでダブリンへ。
        まだ飛行機がなかった頃のロンドンーダブリン間の距離感が実感で、イギリスの景色も楽しめる。

      ③-1 ロンドン (鉄道) リバプール (フェリー) ダブリン
       Liverpool発(1000,2200) Dublin着(1800、0800)  ただし、自動車同乗者のみ
       Liverpool発(1000,2200) Dublin着(1700、0500) 

      ③-2 ロンドン (鉄道) ホリーヘッド (フェリー) ダブリン
       Holyhead発(0240,1410) Dublin着(0555,1725) by Ship
       Holyhead発(1200,1715) Dublin着(1450.,1905) 高速フェリー
       Holyhead発(0230,1430) Dublin着(0545、1745)  ただし、自動車同乗者のみ

      今の所、③が魅力的。ビートルズファンなら、③-1、私は③-2を選びそうな気がする。

    上記の時刻はTomas Cookの時刻表の2007年版。写真は2000年版、こんなのを持っているようでは部屋が片付かないはず。
    Photp by Shigeko

    #27

    2008年8月 3日 (日)

    旅の目的(2)

    今、山手線の改札口を出たあたりで、スタンプ帳を手にした、Stampralie 幼稚園から小学校3年生くらいの子供達を良く見かける。「モケモン・スタンプラリー」のスタンプを押すために回っている子供達だ。大抵は、お母さんやお父さんと一緒だが,、中には2,3人子供だけのグループもいる。正直言って、私はこの手のことは好きでない。どんな催しか、パンフレットを見ると、まず、パンフレットの裏側に6箇所の駅のスタンプを押して、ある駅に持っていくと、ポケモン・ネックストライブとラリー記念スタンプ帳が貰え、そのスタンプ帳に95箇所のスタンプを集めると、貯金箱や抽選で色んな景品がもらえるという。30万個用意された貯金箱が、8月10日の期限以前になくなってしまうとスタンプラリーは終了するとある。これによって動員される子供達の数が知れるが、それに親が付いているとなると、JRには多大な収入をもたらすことになる。私が嫌いなのは、余り善悪の区別の付かぬ子達が、スタンプ帳を片手に、一生懸命回っている姿なのである。考えようによっては、95駅踏破の偉業を成し遂げたという達成感を味あわせ、いわば努力ー成果の実体験をさせ、また、親子で何日もかかってやる協同作業の中で親子の絆を強くするなどの意義もるかも知れない。私には、なんだか、人の心に深く根付いている蒐集本能のようなものに便乗した商法で、それに便乗する方もさせる方もなんだかいやなのである。

    人間の蒐集本能の強さは恐ろしいもので、多くの行動の原動力となっている。あるものをただ量的に集める、例えばお金は勿論のこと、ある種のルールを設けて集める、切手、コイン、蝶、本・・・・などものを伴うものは勿論、百名山踏破、JR全線を乗るなどある記録を集めるのもある。この喜びは大変なもので、この過程ひとつ一つの過程が生き甲斐ともなりうる。ホイジンガーやカイヨワの遊戯論にこの蒐集という行為が含まれていないのは片手落ちの気がする。それ程この行為は人に楽しみを与えるのである。学問的なことを含めてマニアと呼ばれるのはある意味でコレクションに結びつく。このスタンプラリーが、コレクター、マニア、オタク族の大量養成にはなりはしないかと案じるのである。

    蒐集が悪いわけではない。、コレクター、マニア、オタク族が悪いわけではない。何か目標を持って集めるのは、人間の欲望の一つのようで、大きな喜びの源泉である。中にはどうかと思うもの、例えば千人切り、後宮に美女3千人・・・あるが、金持ちのする名画のコレクションなど、文化財を後世に残す働きをする。学問の世界もある意味では、蒐集は不可欠のものである。蔵書のレベルが学問のレベルを示すとさえ思うことがある。だから学者はせっせと本を集める。私自身に財力があればこの世界にのめり込むかもしれない。金と暇と知識が必要だが最後のものは必須ではない。

    私が、コレクター、マニア、オタク族で気になるは、蒐集そのものが目的となって、本来の目的がなくなってしまうことなのである。「玩物喪志」と中国人はさすがに上手い表現を使う。

    良い悪い別にして、コレクションの趣味は旅にも現れ、古いところでは、四国88ヶ所巡り、秩父34ヶ所巡りなど札所巡り、一種のスタンプラリーである。勿論、道中の行脚にも楽しみと意義があり、自然のアクシデント、人との出会いがあって、ポケモンラリーとは規を一にしないのだが、全部完成するとご利益があり、また、それがあるないにかかわらず達成感がある点似ている。

    長々書いてきたが、言いたいのは私のアイルランド旅行はこの手のもではないと言うことである。

    昨日、友人と横須賀へ行って、米軍基地と軍艦「三笠」を見てきた。お昼は有名な海軍カレーと東郷ビールでいずれも美味しかった。魚藍亭という店だったが、そこにパンフレットが置いてあって、曰く、「カレーの街よこすか スタンプラリー」とあって、当地のカレー店の3つの店のスタンプを貰うと、先着500名様に「オリジナル スカレー エコパック」抽選で30名様に「オリジナル・カレー・セット」をプレゼントとある。私が横須賀の住人なら、後2つスタンプを貰おうとすることだろうと思い、苦笑した。
    Photo by Shigeko

    #26

    2008年7月26日 (土)

    旅装 ー 靴(1)

    Omuratsugusato 6月の下旬、「たばこと塩の博物館」で『大村次郷ユーラシア写真図鑑』を見に行った。
    イエーメン、トルコ、イラン・・・観光客が余りいかない僻地の、街角の喫茶店のような所で庶民が,お茶を飲んだり、タバコをふかしたりして、寛いでいる一時をカメラに収めたものである。人々の自然な日々の一こまがよく写されており、写真のほかに記念に買われた織物など展示されていて面白かった。その中で何より私の目を捉えたのは『靴』なのである。それは皮の編上靴で、イタリヤで買って、もう3回底を張り替えたと説明書きがあった。おそらくカメラ以上にこの人に付いて世界を廻ったことであろう。誇らしげに会場の真ん中に飾られていた。「こんな靴が欲しい!」と私は心の底からそう思った。

    旅の装備のうちで最も大切なのは、靴である。芭蕉も『笈の小文』に「只一日のねがひ二つのみ。こよひよき宿からん。草鞋のわが足によろしきを求めん」とあるように、足ごしらえは装備の最大の問題なのである。

    履くとどこにも抵抗なく、やわらかく足を包み、立つと、なんだか偉くなったような気分になり、嬉しくなって歩き出したくなるような、そひて、いくら歩いても草臥れない、それが理想の靴なのである。
    私もこれから靴を買わなければいけない。最後の山靴となろう。時々スポーツ店を覗いては楽しんでいるが、まだ、理想の靴には出会っていない。

    大村次郷さんの靴を写真に撮って置けばよかったが、後の祭り。チラシが出てきたので、家人に撮って貰った。
    この写真には、一つの問題が隠されている。この状態では、殆ど書斎としての機能を果たさないということである。私の書斎が同様なので良く分かる。大村さんは旅を住処としておられるので、これでよいのかもしれないが、私の居所は書斎なのだから、何とかしなければと思っていて、この整理を旅立ちの条件に入れたのである。
    しかし、(と言って、逃げ口上を用意するわけではないが)、部屋がかたずかなくても旅に出られるが、靴を履かずに徒歩旅行は出来ない。当分、靴探しが続く。
    Photo by Shigeko

    #25

    2008年7月25日 (金)

    愛蘭土独吟百韻(1)

    芭蕉は「奥の細道」の旅立つ前に、庵を人に譲り

         草の戸も住み替わる代ぞひなの家
      面(おもて)八句を庵の柱に懸け置く

    と書いている。これには百韻の連句の書き出しの八句を書いて、吟じながら、旅を勧めようとする意図が見える。

    長谷川櫂『「奥の細道」をよむ』ちくま新書は芭蕉のこの旅を歌仙様式(36句)に見立てて、論じられていて、それはそれなりに面白いのだが、芭蕉が現実の行ったのは百韻の連句ではないかと思う。
    私もタイトルの2字を芭蕉から拝借している手前、100韻くらいは巻いておきたい。ただ、私は俳諧師ではないので式目は大目に見てもらうことにして、私の表八句は次の通り:

       愛蘭土独吟百韻  初の折 表八句

        古希越えて真夏の夢や愛蘭土
           土用の梅の甘く香りて
        蝉時雨ミシェランで追う二百余里
           やわく泡立つギネス片手に
        今はなき友も加わる旅プラン
           いくつ峠を越えて来つらん
             満月にゆるりと進む千切れ雲
           旅の弾みに開くブログ

    注:ミシェランの地図の表紙は赤い。赤紙のミッシェランのガイドは、私の旅には無縁であろう。徒歩旅行の姿で出入りできるような、ホテルもレストランも載っていないので。私のは無印良品の旅。

    柱にかけて旅立つまえには、もう、30句くらいは作らなければならない。

    #24

    2008年7月23日 (水)

    アイルランド人(1)

    私にこれまで、アイルランド人、イアリシュとの出会いはあったのかと考えると、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラに行き付く。名前にOとかMcまたはMacが付いているのはアイルランド系だとどこかで読んだことがある。万策尽きて彼女の言う。明日は明日の風が吹くTomorror is another day.はアイルランド気質なのだろうか?

    シャーリー・マックレインはMacがついているからアイルランド系であろう。彼女の本は、不思議なことに、ペーパーバックで殆ど読んだ。彼女はある意味で「ニューエージ」の先達となるのだが、なんといっても無理がない、自然の成り行きなのがいい。カミーノ ー スペイン巡礼の旅でマスコミに追い回されるのはお気の毒な話だが、彼女が60過ぎてのサンティエゴへの巡礼の旅と私のアイルランドの旅はかなり近いものなりそう。

    日本語教師をしていると様々な外国人に出会うが、「麻布台日本語教室」http://www.itf.or.jp/azabudai/index.htmで出会った、マーガレットさんは、アイリッシュではないかと思っていた。髪が少し赤いのでそう思ったのかもしれない。家庭を大切にし、「亭主は元気で留守がいい」と文句を教えたら、むきになって抗議したのが彼女だった。彼女とはゆっくり話したいと思っていたが、その機会もなく、彼女は他の学校に移ってしまった。ある日、表参道でばったり出会って、立話をしたが、毎日レッスンのある学校に移ったとのことだった。小学校1年、幼稚園の玉のような息子を連れていた。2人の子供はたどたどしい日本語で挨拶をしてくれた。何もお話をしたことがないのだが心に残る女性である。

    同じ教室で、ある時、日本へ着いて間のないアイルランド娘が参加した。クレアさんと言った。20過ぎ、リンゴのほっぺ、色白、豊かな肢体、大学で日本語を学んでの来日である。丁度その頃、教室では、「て形」を教えている頃で、~して、~してという文型なのであるが、料理の手順と同じなので、各人に、郷土料理のレシピを書かせたところ、文字で書く方もしたが、実物を作ってきた。ロシヤの鰯のマリネ、インドネシアのおかゆ、そしてクレアさんはアイルランドのジャガイモ料理であった。ジャガイモをつぶし、ヨーグルトを入れて、大きなビザのように焼いたものを教室の持ってきた。鼻を膨らませて、その幸せそうなが目に浮かぶ。これが私にはアイルランドのジャガイモ料理の初体験である。4回目くらいで、日本での仕事が決まってレッスンに出れなくそれっきり。西部のEnnis出身。私はその街を通る積もりでいる。
    アイルランドではどんな料理に出会うのだろうか?
    そして、アイルランドの旅で会うのはどんな人に会うのだろうか?

    #23

    2008年7月21日 (月)

    アイルランドの本(2)

    Yokoikumiko 横井久美子ただの私に戻る旅 - 自転車で行くアイルランド・私の愛した街』労働旬報社1995

    図書館で目に止まったので、読んでみた。横井久美子さんは歌手として、各国へ出向いて音楽活動をされ、1991年、このアイルランドの自転車旅行をされたときは47才である。歌手生活20年過ぎ、燃え尽きてしまったという状態から、この2週間の自転車の旅は始められ、3年後、この本が出来ている。『燃え尽き症候群』から、回復して、「あとがき」には、もうすっかり元気になったと書かれている。この方が今どんな活動をしておられるか知らない。

    私の計画とは異なり、アイルランドをダブリンを基点に東西に移動し、アラン諸島へ足を伸ばし、ダブリンに戻るという旅程である。レンタル自転車とB&Bのクーポンがセットになっているのを利用しており、そのクーポンに組み込まれているB&Bが意外と不便な所にあったという以外、旅行の参考になることは殆どない。というのは、この人は、回りの景色も、食べ物も、酒もなんだかうわの空と入った感じで過ごしておられ、美しいアイルランドというイメージは伝わってこない。しかし、人との出会いは良く書けていて、旅とは人との出会いだなあーと思う。
    歌手生活、育児、離婚願望などが旅行の間にフラッシュバックする。旅の終わり頃、アラン島で、サックスを吹くミュージシャンンのデービッドに出会い、即座に恋に落ちいってしまい、彼女から求愛して、断られ、失恋する。そんなことが素直に書かれている。アイルランドを離れる前の日、「高校生のころ、日記に「誰にも所有されない。誰をも所有しない。どこにも所属しない。どこにも所属させない。私は私らしく生きるのだ」と書きつづったのは、自分が自分になれないからだった。」ことに気づく。
    彼女の高校の時の日記にあるような思いで半生を送る人は、案外多いのではないか。私自身もそうだったような気がする。旅はそんな思いからの開放であり、また深化でもあり、結局、ただの自分に戻るだけのことだと思う。
    Photo by Shigeko

    #21

    2008年7月19日 (土)

    アイルランドの本(1)

    Keltmeguri アイルランドの旅行の本で、何冊かは感銘を受けたのだが、不思議とその内容を思い出せない。その本が私の蔵書として今もあるのか、処分したのかかもはっきりしないので、実にいい加減なのである。筆頭は 司馬遼太郎『街道を行くー愛蘭土』で、高橋 哲雄『アイルランド歴史紀行』、堀淳一『霧のかなたの聖地・アイルランドひとり旅 』、はいずれも臨場感あふれる素晴らしい紀行文だったように思う。いずれ再読することになるだろう。

    再読といえば、河合隼雄『ケルト巡り』を読み返した。紀行文としてはそれほど面白いものではない。テレビ放送の取材といった形で、NHKのアレンジにのっかての旅で、旅の香りが希薄なのである。文化庁長官として、もはや、ご自分で旅をする余裕はなかったのであろう。それでも、この本は、これからアイルランドを旅するものに見過ごしてはならないいくつかのことを示しているので、そのことを書き留めておこう。

    ①キリスト教以前の信仰、ドルイドが今も何らかの形を保っていること。文献を持たないこの信仰は、手探りの状態で維持されており、アメリカの先住民ナバホなどからも学んでいると。
    ②魔女 ー いまだに「魔女」の看板を掲げて商売をしているものがいる。是非会って見たいもの。
    ③語り部 ー お話を話す会のようなものが各地にある。
    ④レイライン(Rey Line) ― 特殊な、聖なるエネルギーを発する場所があり、それを探し当てる方法も書いてある。

    #19

    2008年7月18日 (金)

    旅装ー寝袋(1)

    持参するかどうか迷っているものに、寝袋がある。
    寝袋があるとどこでも寝れるのだから、行動の幅がが一挙に広がると共に、星空を眺めながら眠りに付くという、自由と楽しみがある。若ければ無条件に持っていくところだろう。しかし、70男にそんな自由が許されるだろうか?第一重い。
    昔は一日行程のところには、必ず、宿屋があったものだが、自動車の発達で、それらの宿が消えてしまっている。これは40年以上前の四国でも、兵庫でも経験した。山間の商人宿のような所はもう廃業寸前だった。アイルランドはどうだろうか?
    まず、第一に、ロンドンデリーから、最初の町レタケニーまで35キロある。初日から、35キロはちょっと楽しくない。途中に泊まるところがあるだろうか?これが寝袋問題である。

    サンデゴ巡礼の案内書には、寝袋は必須とある。年間、15万人以上通る巡礼路でさえそうである。
    60歳の時、約800キロの道を歩いたシャリー・マックレーンの旅行記Caminoにも彼女が野宿した記述があったように思う。その時は彼女の装備には関心がなかったので、寝袋を持っていたのかはっきり覚えていない。

    旅装は限りなく少なく、軽くという、原則に最初に出てくるのはこの問題である。寝袋を持っていくとなると、グランシート、自炊道具・・・と広がる。

    互いに驚いたことであるが、サバティカルでオックスフォードにおられるN教授が近くアイルランド徒歩旅行される。N教授の装備やいかに?

    #18

    2008年7月14日 (月)

    アラン諸島(1)

    シングの『アラン島』を岩波文庫で読んだのは何時だったろう。戦前の、日焼けした文庫本で、なんだか内容なでセピア色で暗い印象だった。遭難しても分るように、セーターはそれぞれ異なった編み方をしているとか、シングがイェイツに勧められて書いたとか、断片的な記憶が残っている。

    ある時、絵の仲間のYYさんから、こんな便りが届いた。ご本人のご了承を得てそのまま引用すると
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~

    連休後半、どこも人で溢れていて、家に居るのが最適です。今年は雨が比較的多く、草花が一斉に咲き、新緑が見事です。近所の家々の庭が素晴らしい。いつものように散歩を楽しんでいます。駒沢公園も良いのですが、やはり人だらけで…。
    話は変りますが、アラン島を書いたシングやイエーツの戯曲を翻訳した松村みね子さんの随筆「燈火節」に偶然出会いました。これも偶然なのですが、グリュミオーとハスキルの黄金コンビによるベートーベンのヴァイオリン・ソナタ集を借りることが出来、この古い録音をバックに読んだ次第です。本名を片山広子さん、1800年後半
    の生まれ、与謝野晶子と同じ年です。第二次大戦後の大変な時節、従って、食べ物の思い出が、多いのが特徴ですが、背筋がしゃんとして、モノに動じない、極めて透明な世界でした。しかし、心の奥には、アイルランドの嵐が吹きすさぶ凄さを秘めているわけです。仙台に一度行ったきりで、旅はしなかった貞節な主婦であったようです。
    何か…どんどん失われていくようですね。ではでは

    ~~~~~~~~~~~~~~~~
    私がシングのRiders to the Seaを読んだ感想をYYさんにお伝えしたから、こんなお便りを戴いたのかもしれない。文中の松村みね子「燈火節」の、「アラン島」という随筆はネットで探し当てて読んだ
    http://homepage2.nifty.com/onibi/alanai.html こ
    んなことに刺激を受けて、未読のままになっていたThe Playboy of the Western Worldも読み始るとこれもまた面白く一気に読み上げた。
    これらのことは2ヶ月前に起きたことであるが、今回にアイルランド旅行の計画をオープンにすると、かってアイルランドにいかれたことのHMさんから、アイルランド旅行ではアラン島が最も印象が強かったとのメールが届いた。そして、昨日、キャロルやマザーグースの会でご一緒のTKさんからこんなお便りを戴いた。(ご本人のご了承を得てそのまま引用)
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    アイルランド旅行を計画中ですか?
    ぜひそこにアラン諸島を加えてください。
    アラン諸島は、アイルランドでは数少ない(唯一?)生きたゲール語が話されている地域です。
    アイルランド本土(本島?)では、英語に押されて死に絶えています。
    アラン島はヨーロッパの西端、西洋でもっとも原始的なところ、と言うだけのことはあります。
    島によって近代化の度合いに差はありますが、もちろんどの島にも電話やBSテレビはあります。
    でも、今でもカラハで海に出る人がいたり、伝統のアランセーターを手編みで編んでいる人がいたり…。
    やせた土地にケルプの灰を入れてジャガイモが栽培されています。
    石垣で囲った土地で家畜が飼育されています。
    島には昔ながらの石積み、草ぶきの家がたくさんあります。

    特に、劇作家J・M・シングが宿泊した家は、今も当時の島民の子孫の方が住んでいらっしゃるのですが、オリジナル度が高い家です。
    そこからシングがよく一人腰掛に行ったがけの途中に、先史時代の遺跡「デューン」があります。
    「シングの腰掛」からの眺めは、絶景です。
    私はそこでフィルムがなくなり、写真を撮れませんでした。
    夏でも波が高い海の上を、海鳥が飛び交う様子が目に焼きついています。

    人情の点でも、他のところよりも飛び切り素朴で暖かいものを感じます。
    BBに宿泊したのに、お昼に紅茶やスコーンを出してくれたり、「洗濯もんがあったら、出しときや」と言ってもらったり、料金に含まれていないサービスを、ごく自然にしてもらえました。
    一度などは、リュックを背負っているためにセーターの肩の部分がほつれてきていたのを、「あら! このまま放っておいたら、大きな穴が開いちゃうわ!」と言って、かがってもらったことがありました。
    感謝、感激、雨、あられ!

    ロンドンのパブでは個人主義が行き渡っていて、誰も隣の人にかまいません。
    ところが、アラン島のパブでは、全員が家族のようなのです。
    みんなでいくつも歌を歌います。
    風景の点でも、文化の点でも、「何も無い!」がここまで徹底しているところ、というのをぜひ目で見て、足で歩いてみてください。

    もちろん、アイルランドには他にもいいところがいっぱいあります。
    首都ダブリンのお芝居は、ロンドンよりも水準が高いと感じました。
    チエホフのお芝居をやっていたのですが、貴族的なところは貴族的、笑わせるところではしっかり笑わる、という感じでスゴイのです。
    アビー座は、たまたま私の見たものがよくなかったのか、あまり感心しませんでした。
    でも、あまり前評判に左右されずに、行きたいところへ気の向くままに、というのがいちばん良い旅行かもしれません。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    こんなアラン島を私の旅程からもう外すわけにいかなくなった。

    #17

    2008年7月13日 (日)

    旅装ー帽子(1)

    装備・携帯品の計画で、文句なしに決めたのは帽子である。この帽子を被りたいために、徒歩旅行を計画したと言ってもいいくらいだ。その帽子とはカーボーイ・ハット、STETSON製の本物で、同社のHPのトップページhttp://www.stetsonhat.com/に私の持っているのと色・形ともそっくりのが出てくる。国内では気恥ずかしくて被れないが、海外で、しかも徒歩旅行(本当は騎馬旅行があうのだが・・・)なら許されるというもの。禿頭を強い日差しや雨から守るのに良いと思う。

    この帽子は、賞品で戴いたものである。
    今から10年ほど前、ある視察旅行の途上、ダラスに寄り、そこの有名なステーキ・ハウスTrail Dusthttp://www.traildust.com/で夕食をした。入ると、牛が一頭丸ごと串に刺されて、薪で焼かれている。一行10人、各々50オンス(1.5キログラム)の特大のステーキが注文され、これを平らげた者にはこの視察の主催者が、テキサス男と認定して、カーボーイ・ハットを進呈すると宣言された。このレストランはネクタイを締めてくるような野暮な人は、その場でネクタイを切られることになっている。壁、柱、天井と、所狭しと切られたネクタイがピンでとめられている。客はあらかじめ知っているから、入り口で、切られてもいいネクタイを買って、わざと締めて行く。ステーキにかぶりついて余念のない頃、歓声が上がるので何かと思うと、テキサス娘の登場でである。豊満な体と長い足にジーンズがよく似合った娘がお尻を振り振り、ネクタイを締めている客に近づき、大きな鋏でネクタイを切って回る。切られる度に歓声が上がる。
    さて、問題のステーキであるが、気の弱い人は見ただけで、普通の人は、半分ぐらいでギブアップ。重いワインをがぶがぶ飲みながら、平らげたのは私ともう独りFJさん。骨付きだから、正味は1キロ前後ではないかと思うが、柔らかく味も素晴らしく、いつの間にか食べていた。(HPで同店のメニューも見ることが出来る)

    翌日、老舗の帽子屋で頭にあったカーボーイ・ハットを買ってもらった。結構高かったような気がする。被ってみると、ゲリー・グーパーかジョン・ウエインになった気分で、少し背も高くなり、偉くなった気がするのが不思議だった。2人はアメリカにいる間中、誇らしげにそれを被って歩いた(実は被るしか運びようがない)が、成田についたらさすが気恥ずかしくて、脱いでしまった。
    この帽子はそれ以来被られることなく、出番を待っていたのである。

    Boshi_2 もう一つ、フランスの軍隊?の帽子で、つばの反対に、それより大きな日よけが出せる仕掛けになっているもので、これも軽いの持っていきたいと思っている。

    Photo by Sigeko

    #16

    2008年7月12日 (土)

    アイルランドの小屋(1)

    宮崎駿の「ハウルの動く城」の出口の扉には、ダイヤルが付いていて、それによって異なった世界で出ることが出来る。あるとき主人公ソフィーが出たのは、息を呑むほど美しい草原と湖。懐かしい想いがソフィーにも観客にも込み上げてくる。既視観がある。「あっ、アイルランドだ」と私は思った。

    200807122059000_2 この小屋に見覚えがあるからである。(絵をクリックしてください)

    今から、20年近く前のこと、確か銀座「イエナ」で立ち読みをしていて、衝動買いしてしまった写真集にIrish Cottages by Walter Pfeiffer/Maura Shffreyというのがあって、主としてアイルランドの小屋(貧しい家)を撮ったものだが、何度も何度も飽きることなく見た。その中の一つは、油絵で模写したので良く覚えて、下図のようなものである。

    200807122057000_3 「ハウルの動く城」の作画者がこの写真集をご覧になったかどうか知らないが、おそらく私と同じように、この手の小屋に惹かれた方なのであろう。

    どこか懐かしいものーそんなもの求めるのが、アイルランドの旅かもしれない。

    ちなみにこの小屋は、写真集の説明では、アイルランドの東南部Wexfordで撮影されたもので、私が計画しているコースからは外れるが、行き先々でこんな小屋に会えそうな気がする。

    #15

    2008年7月11日 (金)

    W.B. イェイツ (1)

    W.B. イェイツ (1865-1939)の詩の一部。

    「わたしはアイルランドの女」の一部

    ’I am of Ireland,
    And the Holy Land of Ireland,
    And time runs on,’ cried she.
    ‘Come out of charity,
    Come dance with me in Ireland.’

    「わたしはアイルランドの女
    聖なる地 アイルランドの女
    時は流れる」と、女は叫んだ
    「さあ あわれとおぼしめし
    踊ってよ わたしとアイルランドで」

    「ブルベン山の麓に」の最後の所。彼の墓碑銘となった。

       Cast a cold eye
         On life, on death.
            Horseman, pass by!

       冷たい目を向けよ
       
    生に 死に
       
    騎馬の者よ 過ぎ行け!

    和訳は鈴木弘訳『W.B. イェイツ全詩集』より

    #14

    2008年7月 8日 (火)

    アイルランドの酒(1)

    ひところ、「ラム酒」に凝っていたいた。スティーブンソンの『宝島』や海賊の物語が好きになって、彼らの愛飲したラム酒に手を出したのである。英米人の発音は『ロム』に近い。アルコール度数45度には驚かないが、70度というのがあって、火の傍で飲むなとある。度数が高いほど酒は上手いと思っている私も、70度のロムはストレートで飲んで美味しくなかった。海賊への熱も冷めないうちに、アイルランド熱が生じ、ここしばらくはアイリッシュウイスキーやギネスとの付き合いが多くなりそうである。

    アイルランドへ行ったら、まずダブリンで3,4日過ごしたいと思っているが、その時、半日を割いて、オールド・ジェイムソン蒸留所を訪問する予定である。その訳はこうである。

    今から2年前、ふとしたご縁で元アイルランド大使からアイリッシュウイスキーを一本戴くという幸運に恵まれた。それは樫の立派な箱に入っていてラベルには「MIDLETON Very rare」とある。2000Selectinということでアイルランドでは珍重されていると元大使のお手紙にあった。さらに嬉しいことには、これには、ダブリン来訪の節は、蒸留所を訪問して寄って欲しいとの招待状が入っていたことである。飲兵衛の私のことだから、中身はすぐ開いてしまったが、ボトルと招待状は残っていて今手元にある。肝心なことだけここに写しておく。

    訪問の際はあらかじめマネジャーに電話してください。

    電話番号 021-4613594 または01-8725566

    ボトル番号 *24594 所有者 Mr.****gaki Hirom

    (*を入れたのは悪用されないため)

    こんなことを思い出しているところへ、SMさんさらメールがあった。

    ~~~~~~~~~

    ●昔、「静かなる男」という、アイリッシュのジョン・フォードが監督、ジョン・ウェインとモーリン・オハラ(彼女もアイリッシュ)主演の名画がありました。
    アイルランドは行ってみたいと思いつつ実現していない国ですが、司馬遼太郎の「街道をゆく、愛蘭土紀行Ⅰ、Ⅱ」でこの国の全てが分かった積もりで我慢しています。

    ”ウィスキーはスコットランドで発明されたと、私(*司馬遼)は昔思い込んいた。ところが近頃の資料は殆どがアイルランド起源説をとっている。例えば、1170年イングランドのヘンリー二世がアイルランドを征服した際、ウィ
    スキーはスコットランドに伝えられた、或いは約1,000年前にアイルランドで初めて作られた・・

    アイルランドはイングランドの被支配民族になりながら、支配民族に殆ど文化的影響を与えていない、ひょっとするとウィスキーぐらいではないか。アーネスト・ウィークリーの「英語の語源」によれば、英語に入ったケルト語
    は数語であろうという。ウィスキー(生命の水)、Whiskyが本来のイギリス語としての綴りだが、アイルランドではEが一つ多い。Eが入っていればアイリッシュ・ウィスキーで、スコッチではない・・・

    アメリカへは、19~20世紀にかけてアイルランド人がどっと移民しているからアメリカでウィスキーといえばEが付いているのが主なようである。英和大辞典では「Whiskyの綴り方が一般的であるが、商品名としてはイギリスではスコットランド産がWhisky、アイルランド産がWhiskey、アメリカでは輸入品がWhisky、国産品がWhiskeyと綴り分けられることがある・・云々・・」と分かり易く解説している・・・・・”等など。
    『余談』:
    *上記の言語学者ウィークリーは、ドイツの大学で教えている頃、ドイツ貴族の娘と結婚した。この妻フリーダは、のちに別の英国人と出会い激しい恋におちいり、夫と三児を残して出奔してしまった。相手は6つ年下のD.H.ロレンス(チャタレー夫人の恋人)であったそうです。
    *サントリーはWhisky、バーボンはWhiskeyですね。
    *ジョン・F・ケネディーの父は第二次大戦当時の駐英大使、ドイツが勝って(天敵)英国が敗れることを願っていた。ボストンの票を握っていたためにルーズベルトは切れなかったそうですが・・・果たして?
    ~~~~~~~~~
    続いて、高瀬さんから、「Irish Whiskeyと言えば、Bushmillと言うブランドのWhiskeyはブランデーを髣髴させる風味で、中々いけますよ。ご参考まで。」

    ~~~~~~~~~

    私のアイルランド旅行はお酒に恵まれた旅になりそうだ。

    #13

    2008年7月 7日 (月)

    アイリッシュ・ブレイクファースト

    (だて様からのお便り)Irishbreakfast 
    歩く話はびっくりしました。うらやましい話でもあります。一回の旅行ではせいぜい2週間かそこらしか取れない
    私にはそれは考えたことも無かったことでしたが・・・・。
       
    そんなことより 何より  それは もう お手軽物見遊山とは180度 趣の違う 本当の旅行と言うものにそれはなるでしょうからね。
               
    アイルランドは静謐な自然 (山も川も)が素晴らしいし もちろん街に戻ってのパブも楽しいし 何度でも と思います。                         
    #11

    2008年7月 3日 (木)

    装備・携帯品計画(1)

    装備・携帯品計画(1)

    これは、調達のためでもあり、最終点検表ともなるものである。

    ○有

    ?要検討

    リックサック 何リットルのもにするか
    サックカバー
    最大の問題
    靴下
    下着
    上着
    ズボン
    腹巻
    セーター
    帽子 ダラスのステーキハウスで1.4キログラムのものを食べた時の賞品
    レインウエア ゴアステックス
    シュラフ 行動の自由がぐんと広がるが・・・
    シート
    眼鏡 今の目にあったものが必要
    時計 海外で使える電波時計は高い
    水筒
    携帯電話 大きな課題
    懐中電灯
    カメラ 携帯で代用できないか
    ラジオ
    双眼鏡
    地図
    日記・手帖・住所録
    ガイドブック
    筆記具
    磁石
    ナイフ
    ライター
    裁縫道具
    手拭
    石鹸・洗剤
    かみそり
    歯ブラシ
    細引き
    ティッシュペーパ
    パスポート
    財布
    T/C
    カード
    保険証
    現金
    コッヘル
    コンロ
    非常食
    水彩道具

    スケッチブック

    #9

    2008年7月 1日 (火)

    歩く距離は?

    ロンドンデリーからコークまでどれだけの距離があるのか、ミッシェランの地図で追うと次のとおりである。
    まっすぐ南下せずに、西よりの道をとるとして

    ロンドンデリー   35km
    レタケニー     48km
    ドンガゴール    65km
    スライゴー     45km
    チャールスタウン 96km
    ゴールウェイ   105km
    リムリック     92km
    コーク

     計       486km

    これは車で走った距離。実際は小道を通り、コースもさらに西海岸に振ると思うので、これに1.5を乗じて、729kmが一応の目算ということになろう。

    #8

      

    2008年6月29日 (日)

    地図

    今日、GOOD DAY BOOKSでミッシェランの地図、The Great Britain /Ireland を買った。ドライバー用のもので、実際徒歩で歩く場合は、この地図の道を避けたいのだが、景勝地には緑のマークが付いているので、参考になる。アイルランドの地図は一度買ったので、探せばどこかから出てくると思うが、地図によって色んなイメージが沸くので楽しい。
    #6

    2008年6月27日 (金)

    なぜ書き始めたか?

    旅の本当の楽しみは、その旅の出発前におそらく3分の1以上の比率であると思う。

    どこへ行くか?どんなコースで? 何が起き、そのために何を用意すればよいのか?

    こんな思案がとても楽しい。このもっとも美味しいところを、旅行社が奪いとられいる所謂パック旅行こそ、私の旅行の対極にあるものである。

    例えば、南極の氷山をを見たいと思って、そのプランを個人的に練ってもおそらく無駄だし、迷惑なので、こんな場合はパック旅行を選ぶことになるかもしれないが、そほどでもない所は自分の才覚で行きたいものである。

    最も美味しい、魚で言えばお頭の当たるところをしっかりと記録(記憶)に留めたい。それが書き始めた理由で、もう旅は始っている。

    実際歩き始めるのは何時か、自分でも分っていない。上手くいけば、1年以内にアイルランドを歩いているかもしれない。

    これは旅日記なのだから、読者の反応を気にして書くものではないし、偶然、ここが目に留まって、何か声援を送ってくださる方があると却って迷惑なのである。ただ、他人を拒否するかたくななものででなく、独りとぼとぼとアイルランドを歩いていて、誰でもいいから、声を掛けて欲しい時は、そのことを表明するつもりです。

    欲しいのは、私が、歩く前、また、歩き初めて、こんな面白いところがあるよ!といった情報があればお教えいてだけると、とてもありがたい。私は「ガイドブック」の熱心な読者ではない。例えば、アルルへ行っていて、ゴッホの入っていた精神病院を訪問しながら、跳ね橋のことを知らずに通りすぎようとしていたら、一言、教えて欲しい。そんな具合の情報が欲しい。

    手始めに、アイルランド観光局へ行って資料を貰って来るつもりにしているが、東京に、良い情報スポットがあれば知りたい。

    でも100%の情報を持って行く気はない。100%の情報というのはないのだが、もし、あれば、旅行などせず、家で酒でも飲んでいる方がいい。

    #2

    2008年6月25日 (水)

    「ロンドンデリーの歌」

    ロンドンデリーを基点としたいと思ったのは、アイルランド最北の町であると言うことだが、おそらく、高校時代に習った「ロンドンデリーの歌」の影響だと思う。これは「ダニー・ボーイ」として流通している歌の日本版であるが、学校で習った方がどこか澄んで清らかなものがあった。

    「麗しきデリーの谷間 川沿いに花咲きて・・・」といった感じの歌詞で、ネットで調べて見たら、この曲には100以上もの歌詞があるそそうで、それらしいのに行き当たらない。

    いずれにしろ旅の基点がこんな懐かしい曲の故郷あることは嬉しい。

    #3

    旅の目的

    アイルランドに行こうと思ったのは何故だか分らない。ある日ふとアイルランドの北のロンドンデリーから南のコークまで歩いてみようと思ったのである。
    アイルランドに何か特別の因縁があったわけでもなく、また、この国に詳しい訳でもない。
    思いつくことを書いて見ると;
    『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラが最後にタラへ行こうと言っていたのを、アイルランド魂のお父さんのこと共に思い出す。
    ダブリンの聖パトリック教会にあるというスイフトの恋人ステラの遺髪を見てみたい。キャロルがこれに触発されての詩を書いているのでそんなことが心の隅っこにある。
    イェイツの故郷,スライゴーへ行ってみたいが、そのイェイツは本だけは少し集めただけで余り読んでいない。彼が街中(ロンドン?)でふと思い立って
    I will arise and go now, and go to Innisfree:
    と歌ったはそこに故郷があるからだが、私の故郷ではない。
    まあ、言葉が通じて歩くには丁度の大きさというくらいのものかもしれない。
    「予もいづれのとしより、片雲の風にさそわれて、漂泊のおもいやまず」がぴったりなので、この旅は「アイルランドの細道」の旅と名付けておく。

    #1

    その他のカテゴリー