アイルランドの本(3)
私は小さい時から、お坊さんの錦織の衣や袈裟が嫌いであった。ひつこい縄文時代の文様にも抵抗感があって、自分はシンプルな弥生人だと思っていた。同様に、ケルトの文様、ケルト十字架、有名な「ケルズの書」なども、ちょっとひつこくて、好みに合わなかった。
アイルランドを旅するとなるとこれらの文化にも無縁ではありえないので、河合隼雄がよく引用している、鶴岡真弓さんの本もそのうち読まなければと思っていた。
そんなところに、また、占部勲司君が、鶴岡真弓さんのインタヴュー記事を送ってくれた。これを機会に鶴岡さんとはどんな人か
興味がでて、図書館で3冊借りてきた。最初に読み終えたのが
辻井喬・鶴岡真弓対談『ケルトの風に吹かれて - 西欧の基層とやまとの出会い』(北沢図書出版 1994)であった。
結論から言うと「ケルトの風に吹かれて」私の考えはスーと変わってしまった。
つまり、私がなぜ、縄文やケルトの文様に抵抗感があったかが分ったのである。
渦文様や組みひもの、ぐるぐる巻きついたような文様は、私の中にある、ギリシャ的、合理的、いわば、ある体系の中に収まる世界とは異質な世界なのである。それは文字によっては表現し得ないもの、無文字の世界なので、広い意味でインド・アーりアン的でなく、我々は切り捨てしまった文化の一つがケルトであり、縄文なのである。だから、抵抗を感じたのである。ミロのヴィーナスが美しいと思う目で見るとケルトの美術はその枠にはまらないのである。
このように見ると、ケルトの文様の様々に渦巻きの後をズーと目で追っていくのが楽しくなり、これまで持っていた抵抗感はいつの間にかなくなっていた。私にとって良い「ケルト入門」であった。
写真は占部君の送ってくれた切抜きと「ケルトの風に吹かれて」 photo by sigeko




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