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2008年9月の5件の記事

2008年9月25日 (木)

ロンドンデリーの歌(3)

    懐かしのデリーの谷間 川沿ひに さ迷いて
  あふれさく 岸辺の菫を 手をりし日よ かの昔
  はるかなる夢とはなれど みどりこき川島に
  さすらいの旅にしあれば 遠く心はあくがるヽ

私が求めていた「ロンドデリーの歌」の歌詞がやっと手に入った。
4日前、MH君から電話があって、「ロンドンでリーの歌」の高校時代習った歌詞を、同窓のSH君から入手したので、これからファックスで送るという。かたずをのんで待っていると、ファックスから出てきたのは、歌詞の5分の1ほどであった。このトラブルを連絡しようと思ったのだが、彼の電話番号を知らない。結局、長田高校8回生の幹事役のMOさんのメールをして、電話番号を教えてもらって、次の晩、再度ファックスしてもらうことにしたが、相変わらず同じ現象が起きた。彼の考えではお互いの機械の相性が悪いのかもしれないということで、郵送してもらうことになった。そして今日、それが届いた。

SH君持っていた歌集の表紙は「歌集  長田高校3年1組  Home Room Songs」とあって、その25頁に「ロンドンデリーの歌」があり、それを送ってくれたのである。上記の歌詞が楽譜とともにあり、その横に、この前MH君が送ってくれた、ダーニーボーイの歌詞、津川主一訳の「わが子よ 我は汝を 父君のかたみとして 心していつくしみつ 今日まで育て上げぬ ・・・」が併記されている。ガリ版刷りのこの歌集を3年1組の愛唱歌集であったのだろう。私のクラスでそんな歌集があったのかどうか、私は当時、何だかうわの空で過ごしていて何も覚えていない。ただ、上記の歌詞の断片が耳底の残っていて、折に触れ思い出し、今回の徒歩旅行の始点となったわけで、私の旅はいわば青春の続きなのかもしれない。

#38

2008年9月24日 (水)

アイルランドの資料

Urabe 占部勲司大兄

ずっしりと重いアイルランドの資料が届きました。
「旅行博・2008」で私のためにわざわざ集めくださった沢山の資料は、この前アイルランド政府観光局で戴いた資料と殆ど重複がなく、すばらしものばかりでした。
貴兄が暑い中、パンフレットを下げて、会場を歩いている姿を思い浮かべると、有り難いやら、申し訳ないやら、感謝の気持ちで一杯です。
私の計画はどちらかと言えば西海岸なのですが、戴いた資料では、アイルランドはどこも魅力一杯です。

中でも、強く引きつけたものがあります。
Land of the horse
アイルランドは乗馬が盛んな国なんですね。
その昔、私は約2年間、京大馬術部の部員でした。
殆どが厩舎の掃除などで、馬を操ることは上達しませんでしたが、もし可能なら、徒歩旅行の次は、騎馬旅行だと思いました。
夢がまた一つ増えました。
ありがとうございました。


写真は占部君から貰ったパンフレット
(クリックすると画像が大きくなります)
Photo by Sigeko

追記  乗馬関連サイト
http://www.irelandonhorseback.com/

#37

2008年9月14日 (日)

ダブリンの宿(1)

ラフカディオ・ハーンは4歳(1854)から13歳(1863)まで、大叔母サラ・ブリネーンとダブリンで過ごしている。この大叔母は金持ちで、大きな屋敷に住んでいて、それが今も残っており、ホステルとB&Bとして使われている。建物は築後200年という。

①グローブ・トロッターズ・ツーリスト・ホステル
http://www.globetrottersdublin.com/index.html
ガイドブックには安い値段設定ながら、各部屋にシャワーとトイレが付いていて、オープン・ビュフェ形式の朝食も魅力的とある。
24~28ユーロと信じられない安さである。
バクッパッカー用2段ベットの写真が出ている。
ここへ行くと若者との交流があることは間違いないない。

②タウンハウス・ゲストハウス
http://www.townhouseofdublin.com/rooms.html
これもラフカディオ・ハーンが住んでいたとあるので、①と隣接しているのだろう。
4室の小さなB&Bでこちらは70~80ユーロ
部屋が素晴らしく綺麗。

少年時代ダブリンで過ごしたことは、ハーンの生涯に大きな影響を与えことは間違いない。そんなゆかりの場所で2,3泊するのも良いかもしれない。

#36

2008年9月11日 (木)

ロンドンデリーの歌(2)

私は神戸の長田高校の出身であるが、今年は、8月末に同窓会があった。離れていていつも欠席なのだが、出欠の通知フォームに「近況」欄があったので、そこに、私はアイルランドを南北に徒歩旅行するつもりでいるが、高校時代に習った「ロンドンデリーの歌」の歌詞を覚えている人はいないかと書いておいたら、早速、MH君から手紙が来た。
彼は関西学院大学のグリークラブ(日本ではトップクラス)のOBで、今も、音楽と共に生きているよう人であるが、「ロンドンデリーの歌」の楽譜を同封して送ってくれた。問題の高校時代の教科書は神戸淡路大震災で失ったとのことで、同封のものは関西学院グリークラブOBの津川主一訳のものであった。この歌は「ダニー・ボーイ」として歌われることが多く、映画で、アイルランドかアメリカに渡って泥棒稼業をしている一家が、まるで、国歌以上のものとして、ことある語とに全員がこの歌を歌っていたとあった。
彼もこの「ダニーボーイ」を歌っていて、発表の折のテープがあるというので、早速送ってくれるようお願いした。

そして、今日、MH君から、テープが届いた。
神戸文化ホールで開催された発表会の録音のようであった。切々と歌う彼の歌声を何度も聞いた。やはり、素人とは違う、よく練られた声であった。
「私の歌っている”DANNY BOY"はLondonderry Airを元歌に、1913年Fred E.Weatheryが新しく詩を書き、アイルランドの名Tenor:John McCormackが歌って有名になったものです。先の泥棒家族の映画の中で、繰り返し歌われていたのは、これです。」と手紙にあった。
このテープをアイルランド旅行のリックに入れてもって行き、アイルランドの人に聞いてもらうのも一興かと思った。

その高校時代の歌詞については、彼は「懐かしのデリーの谷間、河沿いに魚は飛び・・・」という所まで覚えていて、その先は忘れ、ネットで調べてみたが見つからなかったことが書いてあった。

「懐かしきデリーの谷間・・・」の歌詞の探索はまだまだ続く。何しろ100以上の歌詞があるそうだから容易に見つからない。

#35

2008年9月 5日 (金)

健康(1)

1ヶ月前後、知らない土地を歩くとなると健康が第一ということになる。8月中旬、2日間39度の高熱が出たので、何かからだがアラームを上げていることは間違いない。丁度、区の健診案内が来ていたので受けることにした。今日は色んな検査だけで、結果は一週間後にわかるが、厄介な病気を抱えていなけらば良いが・・・

健康と関係があるのは肥満であるが、現在70キロ強。新潮170センチだから、65キロぐらいが良いのではないかと思っている。アイルランドへ行くまでには出来れば5キロ減量したい。5キロ分荷物が軽くなるということは、長い道程では結構大きいと思う。
ウエスト95はせめて90にしなければ・・・

#34

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